[架神恭介の「よいこのサブカル論」]

イスラム教徒とハラールレストランに行って見えた“認証マーク”の功罪

東京・錦糸町にあるハラール認証中華料理屋

 半年ほど前のことになりますが、ハラール認証団体の乱立が問題視されたことがあります。

東洋経済オンライン:そのハラル、大丈夫?マーク発行団体が乱立

 簡単に言うと、イスラム教には豚肉食っちゃダメとか酒飲んじゃダメとかの独自ルールがあるわけですが、となると、イスラム教徒は「この料理、アルコール使ってないかな?」「このフライドチキン、豚肉と同じ油で揚げてないかな?」などと気になってしまって、おちおち外食もできません。

 そこで、「うちはイスラム法的にバッチリ大丈夫(ハラール)なレストランですよ」という認証マークを貼るレストランが現れてきたわけです。これでムスリムも気兼ねなく外食できるってなもんです。

 しかし、その認証マークがビジネスになったことで、発行団体が乱立してしまいました。団体が増えると基準もバラバラになって、緩いところも出てくる。すると、イスラム教徒が「ハラールレストランだと思って入ったのに、ここはとんだハラーム(許されない)だったよ!」と怒ってしまうと、そういう問題だったわけです。

ムスリムとハラール中華レストランへ

 さて、それはそれとして、今回、筆者はイスラム教徒の友人二人(以下、ムスリムA、ムスリムB)と一緒に、錦糸町にある東京穆斯林飯店(とうきょうむすりむはんてん)というハラール認証中華料理屋で忘年会をやってきました。東京穆斯林飯店はこの11月にオープンしたばかりの店で「東京のムスリムの間では話題のお店」とのこと。

お店の看板の拡大画像。これ! これが認証マークな

 箸袋はこんな感じ。清真料理ってのは中国に居住するイスラム教徒の料理のこと。つまり、イスラムによる中華料理。ちなみにモスク(イスラムの礼拝堂)のことは清真寺という。

 さて、早速注文を……。

筆者「あれ? アルコールメニューあるんだけど……」

ムスリムA「そりゃ酒売らないと飲食店は成り立たないからね」

ムスリムB「おまえら(非ムスリム)がうるせえこと言ってんじゃねえよ」

 なんか怒られたんですけど……。

筆者「えっ、じゃあ、おれ、酒飲むけどいい?」

ムスリムA「いいんじゃない? 別にあたしが飲むわけじゃないし……」

ムスリムB「おまえが地獄に堕ちるだけだ」

 ヤッター、酒が飲めるぞー!!

ウオーッ、餃子が来たぞ!

ムスリムA「わぁい、餃子だ!」

ムスリムB「誰かが作った餃子だ!」

ムスリムA「家で自分で作らなくていい餃子だ!!」

 あ、そっか……。外食で出てくる餃子は普通は豚肉だもんな。そうかー、外で餃子も食べれねーのかー。だから「東京のムスリムの間で話題」だったのね。

筆者「これ、豚肉じゃないなら何の肉なの?」

ムスリムB「焼き餃子は牛だね。水餃子は羊」

筆者「ほんとだ、羊の臭いがする」

ムスリムA「この店、長く続くといいなぁ」

ムスリムB「一年くらい続くといいなぁ」

筆者「ハラールレストランって長続きしないの?」

ムスリムA「うん、いろんな理由ですぐ辞めちゃうからね」

ムスリムB「やる気がなくなったとか、ビザが切れたとか」

ムスリムA「やっぱ酒売るの嫌になったとか」

ムスリムB「ハッジ(メッカ巡礼)行ってそのまま帰ってこないとか」

筆者「…………」

ウオーッ、羊のスペアリブだ!

筆者「はー、旨い! 酒が合う!!」

ムスリムA「お茶だって合うもん……」

 筆者も隙あらばムスリムを煽る! 煽る!!

筆者「ハラール料理ってマジ酒に合うよな~」

ムスリムB「それは中華が酒に合うだけなんじゃ……」

ウオーッ、羊肉の水煮だ!

 四川料理では油と唐辛子の煮物を水煮と呼ぶ。中国人は水を何だと思ってるのか。

ムスリムB「ところで、なんで錦糸町にオープンしたんだろうね?」

ムスリムA「浅草と御徒町に一つずつモスクがあるから、その真ん中かな? あと、スカイツリー近いから、ムスリム観光客狙いかも?」

 店内はすごく賑わってるけど、外国人比率が非常に高い! 

ムスリムA「マレーシア人が特に多いね」

ムスリムB「日本人客はたぶん私たちと、もう1テーブルだけじゃない?」

ウオーッ、デザートの杏仁豆腐だ!

筆者「てか、むしろハラーム(許されない)な杏仁豆腐なんてあるの?」

ムスリムA「豚ゼラチンで固めてたらアウト」

筆者「あー」

認証マーク問題についてムスリムが思うこと

 せっかくなんで、冒頭のハラール認証マーク問題についても聞いてみました!

筆者「ハラール認証って、あれ、どうなの?」

ムスリムA「まー、なんか、ビジネスだよねー」

ムスリムB「ハラール認証って、その国のイスラム教徒が少ない時に発生するのよ。だって、みんながムスリムなら、当然みんなハラールなもん食ってるわけだから、わざわざ認証とかいらないじゃん」

ムスリムA「最初はマレーシアが国家事業として始めたんだよね。まだ手付かずの分野だし、儲かるんじゃないかって思って、人間と金を投資したの。それにインドネシアが乗っかってきて、他もあちこち乗っかり始めて、ついに日本にも来たって感じ」

 あれれ? なんかハラール認証について、あんまりポジティブな感じじゃないですね。

筆者「認証団体が乱立して、ハラールの基準が曖昧になったのが以前に問題視されてたけど……」

ムスリムA「えー、認証の中身なんて気にしないよ!」

ムスリムB「JISマークが付いてる商品を見て、『どういう経緯でどういうテストに合格してJISマークが付いたのか』なんて気にしたことある? ないでしょ? 同じ、同じ」

ムスリムA「国内のほとんどのムスリムは、どこの団体の認証でもどうでもいいと思ってるよ」

ムスリムB「認証マーク付いてるのと付いてないのが並んでたら、私は付いてる方を買うけど、感覚的には『有機野菜』とか『遺伝子組み換えでない』と同じくらいのニュアンスだよね」

ムスリムA「日本人はお墨付きが好きだから引っかかるんじゃない? お墨付きを出すところが幾つもあったら権威がない気がして、『ちゃんとしたお墨付き』が欲しくなるんじゃないかな?」

 えー、じゃあ、あれは何が問題だったの?

ムスリムA「輸出する時の売る側の問題はあるかも。たとえばハラール認証シールを貼った商品をマレーシアに輸出するとするでしょ。で、マレーシアで『どこのハラール認証?』『エッ? そんなハラール認証じゃ受け入れられないなあ』って言われたら、『せっかくシールもらったのにふざけんな!』『ハラール認証団体統一しろよ!』ってなるじゃん? そういうのじゃない?」

ムスリムB「でも、マレーシアの認証システムを日本でそのままやるのは無理だからね。マレーシア・スタンダードを少し緩めて、日本のローカルルールの認証システムでやるしかないんじゃない?」

ムスリムA「この店だって、中には『酒売ってるなんてありえない!』って怒って出て行くムスリムもいると思うけど、それはもうレストラン側としては『ごめんなさい』で帰ってもらうしかないんじゃないかな」

ムスリムB「このレストランは『酒を売ってもOK』という認証システムを受け入れて、その基準で営業してるっていう、そういうことだよね」

 どうも思ったよりムスリムは「認証マークが付いてるかどうか」あんまり気にしてないっぽい……??

ムスリムA「日本の場合だと、『ムスリムはすごくそういうの気にします~』っていう雰囲気出した方が企業コンサルが儲かるからね。そうやって不安感煽って雑な商売してるの見るとイラッとするけど」

ムスリムB「そういうのって本来は気にしたい人が気にするものなんだけど、『認証を気にしようぜ』って外部の人が言い出すのはねー。ビジネスチャンスだから、って感じがするよね」

 ひょっとして、実際のムスリムの感覚的には「認証マークなんか別にいらねー」って感じなの?

ムスリムA「まーでも、ハラール認証マーク付いてたら、日本在住の外国人ムスリムが原材料欄を熟読しなくても良くなるから、楽だよね。マーク見て安心してポンと買える。そういう点では便利っちゃ便利」

ムスリムB「気にする人は気にするから、私はそういう人のためにあってもいいとは思う。それに、なんていうかな、ハラール認証っていう概念があることで世間がムスリムの存在を気にしてくれているというか、自分たちとは違うやつらがいる、と認識してくれるっていうか。ハラール認証とか歯牙にもかけない社会になったら、それは気にしちゃうムスリムを排斥しちゃう社会ってことだから」

ムスリムA「でも、日本も今はハラール認証とかで気にかけてくれてるけど、そのうち『あいつらめんどくせー!』って感じになってくるんじゃないかなー。アメリカとかオーストラリアは『ムスリムどもグダグダうるせー、こっちに合わせろ!』ってなってきてるし」

ムスリムB「めんどくさくしてるのは、私たちじゃないんだけどね……」

ムスリムA「『めんどくさくしたのはあんたたちじゃん!』ってなりそう。まー、とにかく、金儲けに使うなって言いたいよね」

 むむ……!

筆者「そうか、分かったぞ!」

ムスリムA&B「えっ!?」

筆者「ムスリムBは前にマイ・ハラールはんこ作ってたじゃん」

お手製ハラールはんこを押されたチロルチョコ

筆者「あれはつまり、気にしちゃう人を安心させるためのハラール認証という、その制度自体の必要性は認めつつも、ややもすればビジネスに利用されがちな現状に対し一石を投じるために、お手製のハラール認証を作ることでその権威を相対化させたわけだ! 強い社会的メッセージを込めた表現だったんだな……!!」

ムスリムB「……ごめん。あれはなんとなく面白くて作っただけ」

筆者「…………」

 というわけで、どうも思ったより気にしていないようです。もちろんムスリムも人それぞれでしょうが、彼らに関してはこんな感じでした。

「ムスリムはこういう人たちだから」と気にしすぎるのもそれはそれで問題を孕んでおり、ハラール認証に関する問題はそれが具体化された事案と言えるのかもしれません。「ムスリムに対する配慮」は、いつかコロッと「ムスリムめんどくせえ」に転じるかもしれず、けれど、その「めんどくせえ」のは実際の多くのムスリムたちではなく、ビジネス上で仮定された「ムスリム像」に過ぎない……ということになりかねなかったりするのでしょうか。

東京穆斯林飯店 (トーキョームスリムハンテン)
東京都墨田区江東橋2-18-6
03-5669-0934

著者プロフィール

作家

架神恭介

広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。『戦闘破壊学園ダンゲロス』で第3回講談社BOX新人賞を受賞し、小説家デビュー。漫画原作や動画制作、パンクロックなど多岐に活動。近著に『仁義なきキリスト教史』(筑摩書房)

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