2000年代後半に脱北するまで、金日成、金正日政権下で、朝鮮労働党専属楽団のギタリストを務めた経験を持つ“脱北ミュージシャン”、李相峯(イ・サンボン)氏(仮名・年齢非公表)。
独裁体制を礼賛する宣伝歌、軍歌の数々を歌い奏でてきた李氏が、そのレパートリーの一端を紹介してくれた。第1弾は、1968年にザ・フォーク・クルセダーズが歌ったことでも知られる「イムジン河」だ。
「イムジン河の歌詞は金日成時代の対南工作をよく表している」
「イムジン河」は分断された朝鮮半島をテーマにした歌。当時、朝鮮総連などからの圧力によってレコード会社がレコードの発売を自粛するなどの波紋を呼んだ過去もある。2005年公開の映画「パッチギ!」(井筒和幸監督)でも歌われたこの曲も、北朝鮮のプロパガンダに利用されてきた宣伝ソングのひとつだ。李氏は、
「金日成時代の宣伝工作の要素を凝縮したような歌」
と指摘し、こう続けた。
「金日成、正日、正恩。3代続く金王朝はそれぞれの体制で宣伝工作を行っていたが、そのアプローチの仕方は微妙に違った。やり方の違いが最も顕著に出るのが、対南工作、つまり韓国への宣伝工作の時です。休戦状態にある敵国に対するアプローチの方法に、政権の方針や色の違いがハッキリ出る。そういう意味で言うと、この歌は、金日成時代の対南工作を非常によく表していると言えます」
冒頭に触れたように、「イムジン河」で歌われるのは、韓国・北朝鮮の軍事境界線近くを流れる「臨津江」。朝鮮半島分断の象徴とされるこの川を素材として、南北統一への思いを綴っているのだ。
ハングル版の歌詞で「わが故郷は南の地」としているように、北朝鮮側からの視点で書かれていることがハッキリとわかる。作詞した詩人の朴世永(パク・セヨン)は、北朝鮮では誰もが知る超有名人だという。
作詞したのは国家も手掛けた“北の阿久悠”
「朴世永は北朝鮮の国歌である『愛国歌』も手掛けた人物で、50~60年代には作家同盟の副委員長も務めていた。いわば“北の阿久悠”とも呼ぶべき国民的作家です。金日成は当時、平和統一路線を取っていた。歌もその政治方針に沿った内容になっています。好戦的なフレーズが多用される金正日時代の歌とは明らかに毛色が違うのもそのためなのです」(李氏)
ちなみに「イムジン河」は韓国に向けての宣伝工作のために作られた歌なので、意外にも北朝鮮ではそれほどポピュラーな歌ではないのだという。政治的な理由から一時、放送禁止歌となっていた日本と同様に、ある種タブー視される傾向にさえあった。
「北朝鮮では一般人が人前で歌うことは禁止されている歌でした。党からの指名を受けた歌手だけが特別に歌うことを許可されていたのです。歌っているのがバレたら? 一度なら注意で済むでしょう。ただし、二度目はない。『不敬罪』で逮捕・拘束され、強制収容所送りになる可能性すらある」(李氏)
知られざる「北流」ソングの世界。その音色はどこか物悲しげだ。
「イムジン河」
1・日本語バージョン
臨津江(リムジンガン)いつの日も 清らな水たたえ
水鳥は楽しげに 自由に川に舞う
帰ろうふるさとへ 翼あるなら
リムジンの流れよ 答えておくれ
2・韓国語バージョン
臨津江の清き水は 流れ流れて下り
水鳥たちは自由に 行き来して飛び交うが
わが故郷は南の地 行きたくとも行けない
臨津江の流れよ 恨みをのせて流れるか
(取材・文/浅間三蔵)