『境界のないセカイ』発売中止騒動に疑惑「本当の理由は別にある」

「性的マイノリティへの配慮で発売中止」…真相は?

 ネット連載されていた幾夜大黒堂(いくや・だいこくどう)さんの漫画「境界のないセカイ」が突如打ち切られ、講談社から予定されていた単行本の発売も中止になった騒動が波紋を広げている。

 同作はDeNAが配信しているスマホ向けマンガ雑誌アプリ「マンガボックス」で連載されていたが、幾夜さんによると作中の表現に対して「性的マイノリティの個人・団体からのクレームを回避したい」と講談社が意向を示したことで単行本化が中止になったと、編集者経由で聞いたという。それによって収益を上げられる見込みがなくなったために「マンガボックス」での連載も打ち切られることになってしまった。

 突然の通告を受けた幾夜さんは、単行本の新たな発行先や連載媒体を募集している。

本当に“不適切”な表現だったのか?

 同作は「好きな相手が同性だったら?」をテーマに、18歳以上の国民が医療技術の進歩によって性別を自由に変更できるようになった未来世界を描いたラブコメディー。

 幾夜さんによると、特に問題になった描写は第5話。バーチャルリアリティーで女性の体を体験している最中に男性の恋人を当てがわれて困惑する男性主人公に、オペレーターが「女性なら男性と恋するのが普通でしょう?これは女性の人生を体験するコースですから」と言っている場面だ。

 これに講談社側が「男は男らしく女は女らしくするべき」というメッセージが断定的に読み取れるとし、クレームを危惧するに至ったようだ、幾夜さんは編集者からの伝聞情報として明かしている。問題箇所の修正を含めて単行本化の続行を「マンガボックス」を通じて交渉したものの、決定は覆らなかったという。

 また、幾夜さんは自身のブログで「主人公やヒロインらがセクシャリティへの無関心からくる考え方に少しずつ疑問を抱いていき、最終的には多様な生き方に寛容な考えを持たせていくつもりでおりました」と作品の狙いを説明。問題の描写についても「背景世界の説明の一部であり、主人公の変化を描く過程の一部」だとし、さらに「作品総体としては否定されていく意見であるので、最終的には問題なくなると判断していた」としている。

 ちょうど東京都渋谷区が区議会に提出した「同性パートナー条例」をきっかけに性的マイノリティに関する議論が過激化している時期であり、幾夜さんは編集者の一人から「タイミングが悪かった」と言われたことも告白。企業のリスク管理に理解を示しつつも「講談社さんの判断は守りに入りすぎているんじゃないか」と訴え、同時に「せっかく性的マイノリティへの理解が進んできたのに、一転して腫れ物扱いされてしまうようになってしまったら不幸でしかないな……と心配もしてしまうのです」と吐露している。

LGBT支援団体が「表現に問題はない」と表明

 この騒動に対して差別問題の当事者は表現に問題があると感じているのか。セクシャルマイノリティのための人権団体「レインボー・アクション」が18日、公式ブログ上で立場を表明した。

『境界のないセカイ』発売中止・連載打ち切り問題へのレインボー・アクションの立場表明

 同団体は「この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われません」と明言。また、講談社が危惧したとされる性的マイノリティの団体・個人の圧力を「多分にフィクショナルな理由」と断じたうえで、そのような理由で表現行為の自粛を迫る行為があったならば「それは人権を守るためとても大切な、表現の自由を抑圧するものだろうと考えます」としている。

 さらに今回のような自粛は「『性的マイノリティの団体・個人』を怪物視・あるいは怪物化し、性に関する差別を助長するものに他なりません」とし、出版社側に「クレーム集団」的なレッテルを貼られたことに不快感を表明したといえる。

 これで立場を失ったのは講談社だ。クレーム回避のために単行本化の中止を決断したはずなのに、それが裏目となって差別問題の当事者から「性的マイノリティを怪物視している」「性差別を助長する」と糾弾されてしまった。

講談社も否定コメントで混迷状態に

 ところが、講談社の編集者はハフィントンポスト日本版の取材に「僕らとしてはそうした発言をしたつもりはない」とコメントしている。事実関係は確認中としつつも、実質的に「性的マイノリティからのクレームを危惧」という騒動の最大のポイントを否定する発言をしたのだ。近日中に同社は正式な発表をする予定のようだが、さらなる混乱の様相を呈してきた。

【境界のないセカイ】講談社がLGBTへの配慮で発売中止か 「腫れ物扱いは不幸でしかない」|ハフィントン・ポスト

 何とも不可解な展開になっているが、業界の編集者はこう指摘する。

「今回の騒動に当てはまるかどうかは定かでありませんが、編集部と作者の間で単行本化の話が出ても、売上面を憂慮した営業担当などからストップが掛かることがある。深刻な出版不況ですから、営業部の会議で『確実な売上が見込めない』という判断に至ると企画が却下となるんです。その場合、体裁の悪くなった編集者は直接の理由を作者に告げず、表現問題などの別の理由にしてしまうことがあります。しかも今回のケースでは、マンガボックスを通して講談社が単行本化するという図式なので、作者と版元の意思の疎通が十分にとれない。言葉の行き違いが発生しやすい状況だったのは間違いないでしょう」

 講談社内部で表現が議論になったのは間違いないのだろうが、それが本当に発売中止の理由だったのかは不透明になってきた。出版不況やネット連載の構造的な問題点なども含めて、今後も注目すべき騒動といえるだろう。

(取材・文/佐藤勇馬)

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