亡くなれば必ず自分が写った写真が必要となるのだから、写真嫌いの人こそ準備を! (1/2ページ)

心に残る家族葬

亡くなれば必ず自分が写った写真が必要となるのだから、写真嫌いの人こそ準備を!

皆さんの中に「私はこの写真を遺影に使ってもらうんだ!」と既に決めている方はいらっしゃるだろうか?いらっしゃるとしたらその数はどれくらいになるのだろうか?

■「終活」が浸透したとはいえ、実際に遺影を準備している人は多くない?

きちんとした統計を参照したわけでも、あるいはそうした統計を取ったわけでもないためあくまでも筆者の個人的な意見でしかないが、遺影に使う写真を生前に既に決めているという人はそんなに多くはないのではないだろうか。

「終活」という言葉が浸透するようになってきて以来、事前に遺影を用意しておく、選んでおくという方も増えてきているのではないかとは思うが、それでも「遺影を既に決めている」という方はまだまだ少ないように思う。かくいう筆者も自身の葬儀やあるいはその後の祭壇に飾ってもらいたい「遺影」があるわけではない。
しかしその写真が自身の死後ずっと祭壇に飾られるのであろうことを考えると、出来れば写りの良い写真を使って欲しいものだ。そうであるならばこの機会に「遺影」について考えてみるのもいいかもしれない。

■写真好きな人は、選んでおくだけ!

まず写真を撮ったり撮られたりするのが好きな方について。
このような方は恐らくご本人が写っている写真の数も割と多いのではないだろうか。
本人がフィルムやデータ、あるいは現像された写真として自身も写る写真を持っていることもあるだろうし、また家族や友人のカメラに写真がある場合もあるだろう。この場合はその数多くの写真の中からどの写真を選ぶかということが最大の問題であろうか。
もしお気に入りの写真がある場合には、誰の目にもそれがお気に入りであることがわかるようにしておくのも一つの手かもしれない。「もしも何かあったときにはこの写真を遺影に使って欲しい」とまではっきりとした意思表示をしなくとも、「私はこの写真が好きなんだよ」とアピールするぐらいであればずっと気軽に考えられるのではないだろうか。

■写真嫌いな人は、まずは撮られてみよう!

そしてこの逆の場合、写真を撮ったり撮られたりするのが嫌いな方について。

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