あなたのキーボードに潜んだ「めんどくさい」を巡る人類の戦い

Amp.

あなたのキーボードに潜んだ「めんどくさい」を巡る人類の戦い

もはや指が覚えてしまっていませんか? いまこのページを見ている方なら、おそらく全員使っていると思われるコンピュータのキーボード。もはや、えんぴつや消しゴムと同じくらい当たり前の道具となってしまっていますね。プログラミング作業などのアルファベット中心の使用であればキーに書かれた文字をそのまま入力すればOKですが、日本語の文章を打ち込むにはローマ字表記で「NIHONNGO」などと入力し変換をさせる方が多いのではないでしょうか。ローマ字を用いず直接ひらがなで入力する方法もあるにはありますが、活用している方はあまり多くないようです。 そのため、いわゆる「ブラインドタッチ」ができる方はキーボード上でどこにどのアルファベットが配置されているか、意識せずとも指が覚えてしまっているかと思います。

このアルファベットの配列。左上から順にQWERTYのキーとなっているため「QWERTY配列」と呼ばれています。現在キーボードの基本形として、ほぼ世界標準といっていい仕様になっています(フランス語圏でのAZERTY、ドイツ語圏でのQWERTZのように、少々アレンジされているエリアはありますが)。

でもこの「QWERTY配列」、日本語を入力するためはちょっとなんだかなー、と思ったことはありませんか?具体的にいうと、日本語ローマ字表記ではほぼ半分を占めてしまうはずの「AEIOU」という母音が打ちやすい中央部になく、逆にあまり使い道がない「FGJL」が中段に配置されているのです。

そんなの英語を入力しやすいようにできているキー配列なんだから仕方ないじゃんと思ったあなた、それが実はそうでもないのです!

欧米人からみても「これってベストじゃないんじゃね?」

このQWERTY配列、19世紀後半に英文タイプライターのために開発された仕様で、すでに150年近くにわたって用いられている歴史的な蓄積のあるものです。ですが「タイプライターがこの配列になった最大の理由」は「文字を紙に打つためのアームがからまって故障しないようにするために、使用頻度の高い文字同士を引き離したり多少打ちづらい場所におく必要があった」から。つまり、機械の都合であまりに速い入力をされると困るから、だったと言われているのです!

実のところこの話、すでに1920年代には書籍等に記されているらしい非常に有名な説ではあるのですが、後世の検証で必ずしも事実ではないのではという話も出てきています。

とはいえ、この配列がベストではないという部分は正しく、1930年代にはワシントン大学の教育心理学者オーガスト・ドヴォラック(August Dvorak)が開発したDvorak配列が、「より英文を早く打てる配列」として登場しています。この配列は英文での使用頻度の高い文字をキーボード中段に集中させることで、よく使う語彙の70%は中段だけで入力可能にしています。加えて、入力する手が左右左右とリズミカルに動くよう配置されているため両手の負荷が均等になるという特徴を持っています。事実、当時のキー入力の最速記録はこの配列により作られたそうです。英文入力のキー配列としてこちらのほうが優れていることは明らかでした。

しかし、この配列がスタンダードになる日は訪れませんでした。
その原因としては、すでにタイプライター・トラストというQWERTY配列を推進する団体が形成されていたことや、Dvorak配列の特許権にまつわる問題、そしてなにより、タイプライターを使う人がQWERTYに慣れ親しんでいた(乗り換えめんどくさい!)、といったことが指摘されています。

わかっちゃいるけどめんどくさい!

ちなみにこのDvorak配列、日本語のローマ字入力用にすると極端に左手ばかり使ってしまう場合があるという指摘がなされています。

では日本人にとって最適なキー配列はなんなのか?ということであらためてお手元にキーボードがあるならご覧頂きたいのですが、そこにはQWERTYに当たる位置に「たていすかん」というひらがが書かれています。これがすなわち日本工業規格(JIS)で定められたひらがなで日本語を入力するためのキー配列です。この入力方法を使うと、ひとつのひらがなを入力するために2つのキーを打つ、という状態は解消します。一方で、ひらがなの数はアルファベットの数より多いので、入力に必要なキーの段数が3から4に増えるという欠点があります。

実はこの、キーを打つエリアが広がってしまう、などの弱点を解消したひらがなによる入力方法として、1979年に富士通が開発した「親指シフト」というものもあり、今も一部で最高の日本語入力方法として根強く支持、使用されています。筆者は親指シフトは使えませんが、実際の速度検証により、親指シフトの優位性は明らかとなっています。

出典: 日本語入力コンソーシアム(打鍵数と入力速度比較)

ただ、これらの入力方法も、日本語入力としてはローマ字入力より速いことが明らかであるにもかかわらず、ご存知のようにスタンダードとはなっていません。

よくよく考えれば生産性向上につながるこれらの仕様が普及しないのはなぜでしょうか?

これは事実や論理にもとづいて原因をひもとくよりも、一日本人ユーザーとして自分自身の心の声を聞いてみるのが良いのではないでしょうか。僕個人でいうならひとえに「一度覚えてしまったことをあらためて変えたり、それにあわせてPCの調整を行うのは、とてつもなくめんどくさい」というのが素直な気持ちです。

我々は日々、「めんどくさい」に勝ったり負けたりしている

筆者の所属するインテグレートという会社は、マーケティングを通じて良いサービス、良い商品が少しでも世に広まることをお手伝いする仕事をしています。そんな中、どんなにすぐれたモノやサービスでも、それがお客様に届き使われる過程の中にあるちょっとした「めんどくさい」が、実は普及を阻害する大きな要因になっているのではと思うことがあります。

「必要は発明の母」といいますが、「キーボード」もはじめは「手書き、めんどくさい!」と思う人々の生活を大きく進歩させる発明としてこの世に登場したはずです。

一方でこの150年近く、結局変わらず使われているQWERTY配列も、人々の「変更、めんどくさい」という気持ちの集積が作り上げてしまったスタンダードなのかもしれません。

実はあなたの手元で日々パチパチ叩かれているキーボードは、そんな人類のめんどくさいをめぐる進歩と葛藤を体現する歴史的遺産なのではないでしょうか?



株式会社インテグレート  松崎 充克
                         

「あなたのキーボードに潜んだ「めんどくさい」を巡る人類の戦い」のページです。デイリーニュースオンラインは、ライフあるあるカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る