「神奈川=超おしゃれな県」という主張に反論大量
横浜港が国際貿易港として開港して以来、神奈川は東日本における舶来文化の上陸地として栄えた。戦後は沖縄に次いで米軍基地が集中していることから、横浜や横須賀は音楽や映画、ファッション、フードなどの流行をリードした。
平成に入って発展した「みなとみらい」は、日本屈指のオシャレスポットとなっている。
横浜市みなとみらい地区(Dick Thomas Johnsonさん撮影、Flickrより)

相模湾方面に目を転じると、湘南は石原裕次郎さんや加山雄三さん、桑田圭祐さんといった大物芸能人が育った場所だ。さらに鎌倉や葉山は高額所得者の邸宅がある。
地方から見た神奈川は、東京のベッドタウンとして発展したという印象が強い。しかし地元民に言わせれば、神奈川の方が洗練されているという見方もある。
「横浜はクッソおしゃれ」←寿町や黄金町の存在忘れてない?そんな神奈川県民の自負心を代弁するスレが2ちゃんねるに上がった。タイトルは「神奈川とかいうクッソおしゃれな県wwwwwwww」。スレッド主は
「横浜に一軒家建てて海を見ながらハイボール飲みたいンゴねえ...」と書いている。
本牧あたりに一軒家を建て、「ハマトラ」(横浜トラディショナルの略)の発信地となった元町商店街で買い物を楽しみたい――そんな人生が理想と考えているのだろう。
同意する意見が多数を占めると思いきや、「神奈川ってそんなにオシャレかぁ!?」と言いたげな書き込みが相次いでいる。
1枚の写真とともに投稿されたのは、横浜の裏の歴史が凝縮する、ある地区の名前だった。
「横浜」(黄金町)かつて黄金町は「ハマの麻薬地帯」と呼ばれ、約10年前までは約1000人の外国人売春婦がたむろしていた
。横浜市黄金町(Masashige MOTOEさん撮影、Flickrより)

警察と地元住民による運動の結果、彼女たちは姿を消したが、当時の雰囲気は今でも残っている。
黄金町バザール行ってきた。昭和の雰囲気漂うこのエリアが好き。 pic.twitter.com/8XeUom7GYs
- すがわら めぐみ (@me0157) 2014, 10月 31
同じ写真、当時の新聞でも使われていた。バツ印なかったから誰が誰だか不明で笑ったけど。"@Ykoba_cinema: 昭和37年サンデー毎日より、黄金町一帯のルポ<無気味な"ハマの麻薬地帯"をゆく>。末吉橋の写真。 pic.twitter.com/rKbla5VIN6"
- ART LAB OVA (@downtownart) 2015, 4月 22
続いて「寿町」の街並みを写した画像が投稿された。
まるで七福神でも住んでいそうな名前の地区だが、東京都の山谷、大阪市のあいりんと並ぶ日本3大ドヤ街の1つである。
「横浜はめでたい地名は地雷なんやで」という指摘がスレにあったが、書き込んだのは地元の事情通だろうか。
寿町、確かに今では信じられないような建築が並んでいたし眼光鋭い人たちの雰囲気に若干の恐怖を覚えもしたけれど、日ごろ我々が社会の中で断片的に目にする様々な事柄が多少そこに多く集まっているだけなのではないかと思った pic.twitter.com/eWWwL1E64W
- ぶん (@zzz__333) 2015, 8月 24
横浜の市域が固まったのは1939年のこと。しかし相模鉄道(相鉄線)が通る瀬谷区や泉区は今でも農業が盛んだ。
「どんだけ糞みたいな田舎に住んでいても横浜やでってドヤ顔で自慢できるからな」「相鉄線の地味さ」
という意見は、横浜だからって一括りにするなよという住民の本音ではないか。
横浜以外の神奈川はどうなのさ?「出身県はどちら?」と問われたとき、横浜市民が「神奈川です」とは答えずに「ヨコハマです」と回答するのは有名な話だ。
同じ神奈川でも横浜以外の地域とは一線を画したい――。そんな心理が働いているのかどうかは不明だが、政令指定都市・相模原にはとんでもない山奥の地域も含まれている。
平成の大合併で里山のエリアを吸収したためだが、次の書き込みはそれを示唆している。
「相模湖やぞ」

相模湖(BehBehさん撮影、Wikimedia Commonsより)
また三浦半島の南端は、交通の不便さと漁業の衰退が重なり、過疎化・高齢化がかなり進行している。
東京・品川が起点の京浜急行の久里浜線の終点は三崎口。かつて油壷まで延伸する計画があったが、いまのところ着工の見通しは全く立っていない。