ラブリー☆建物めぐり5回目「旧新橋停車場」

学生の窓口

サラリーマンの聖地(?)として名高い新橋駅。

この駅が「新橋駅」になったのは1914(大正3)年のこと。

それまでは「烏森駅」という名称でしたが、東京駅の開業とともに新橋駅の名だけがこちらに移されました。

では、元の「新橋駅」はどこにあったのでしょう。

現・新橋駅から徒歩約5分の場所に当時の駅舎を見ることができます。

それが、今回紹介する「旧新橋停車場」!

ここに「新橋駅」ができたのは1872(明治5)年。

新橋駅—横浜駅を結ぶ日本初の鉄道が開業した際の、起点駅でした。

そして関東大震災、空襲、貨物専用駅への変更を経て、旧新橋駅は1986(昭和61)年に114年の歴史に幕を閉じたのです。

現在はその跡地に、明治開業当時の駅舎を忠実に再現。

屋内には鉄道歴史展示室があります。

(写真に全景が収まらないため、模型でお楽しみ下さい☆)

設計者はアメリカ人建築家R・P・ブリジェンス。

駅舎の中については資料が残っていないため当時の姿を知ることはできませんが、外観はほぼ、そっくりそのまま再現できているそうです。

「ちょっと違う」のは「高さ」。

1991(平成3)年に駅舎とプラットホームの基礎石が発掘され、その遺構を残すべく基礎石の70 cm真上に建物を再現。

当時の基礎石は正面入口と展示室内から見ることができます。

これが明治時代の基礎石です、どど〜ん。

そして注目ポイントは「窓」にあり。

窓の上部にある葉の装飾は「タバコの葉」がモチーフ。

窓の柵をよ〜く見ると…

…トウモロコシ!?

さすがアメリカ人…といえる、チョイスです。おいしそうっ!

さて、駅舎の反対側にはプラットホームと線路の再現が。

線路の端には、測量の始点を示す0哩(マイル)標識も再現されています。

ここから横浜駅(現・桜木町駅)へ、列車が走っていったんですね〜。

ハイカラな駅舎に列車の往来…まさに文明開化の風景ですな!

さて。旧新橋停車場の再現施設はここまでなのですが、この他にもヒミツの見物ポイントがあります。

旧新橋駅のプラットホームは約150mあったのですが、現在再現されているのは数メートルのみ。

この先はどこへ行ったのかしら? と思いましたよね、ね?

ということで、旧新橋駅のプラットホームを探しに行きましょう♪

0哩標識から、ホームの方向を見ると…

その先に佇むのは、汐留シティセンター。ぎゅ〜ん!

この中へ入り、エスカレーターを降り…

ビルを突っ切って外に出ると、日本テレビプラザに辿り着きます。

そこで振り返って地面に注目!

茶色の石になっている場所がありますね。

そう、ここが、旧新橋駅プラットホームの先端なんです!

ホームの跡地が茶色い床材で、線路跡がLEDライトで示されているんですよ〜。

ただのデザインではなく、歴史の痕跡だったとは。

一体どれだけの人が気付いているんでしょう…。

次々とビルが建つ汐留エリアの真ん中の隠れ歴史スポット。

当時の線路の上を辿っていく気分で、探してみてくださいね。

<SPOT DATA>

●旧新橋停車場 鉄道歴史展示室

東京都港区東新橋1-5-3

TEL:03-3572-1872

入場無料

http://www.ejrcf.or.jp/shinbashi/

<著者DATA>

●高橋カオリ

イラストレーター・まんが家。雑誌・web・広告イラストのほか、旅や街のイラストルポ・まんがを描いている。著書に京都のイラストガイド「恋コト京都~女子力UPの恋スポめぐり」、コミックエッセイ「おひとりさま1年生」などがある。 http://kaoring-t.com

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