巨人・原監督辞任から高橋由伸監督誕生までの”タブー暗闘”「原監督がユニフォームを脱ぐまでの経緯」 (2/2ページ)

アサ芸プラス

 前回の第一次政権で辞任した際には「特別顧問」のポストが用意され、当時の渡辺恒雄オーナー(89)=現球団会長=いわく「人事異動」という形で就任したものの、不思議なことに今回はそれが一切何もなかった。

 会見に同席した白石興二郎オーナー(69)は、

「しばらくフラットな状態で縛られずに自分の生き方や、やりたいことを見つけたいという原監督の考えを尊重しようと思う。彼は誰が考えても巨人軍の宝であり、ONに次ぐ至宝。ただ野に置くというようなことは考えない。しかるべき時にいずれは助言、指導してもらう形にしたい」

 と話したが、どうにもすっきりしなかった。本当に「至宝」であるならば、監督退任後も敬意を表して何らかのポストを与え、関係性を保つことが重要なはずである。ところが原監督は離別の道を選択し、球団側も無理に引き止めようとせず本人の意思をアッサリと尊重した。いったい、これは何を意味するのか──。

「巨人・原監督辞任から高橋由伸監督誕生までの”タブー暗闘”「原監督がユニフォームを脱ぐまでの経緯」」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2015年 11/5号高橋由伸原辰徳巨人プロ野球カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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