田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(1)「命を絶った理由とは?」 (2/2ページ)
そして──、
「誤解されている田宮二郎という役者の功績を残してくれるのなら‥‥」
そう言って了承し、静かに、しかし、あふれるほどの激情をにじませて貴重な事実を語り出した。
2人は63年に初共演し、ほどなく交際が始まる。
「田宮と初めて会った頃、お互いのギャラを打ち明けて、どちらも驚いたんです。私が1本25万円、だけど田宮は1本10万円だったんです」
この時期、田宮は「悪名」や「黒」のシリーズが当たっており、まぎれもなく大映の看板スターだった。それなのに松竹から移籍して間もない藤由紀子のほうがはるかに高い。
「田宮はもともと、大映の大部屋の出身です。どれだけ映画が当たっても、まだ“格”として認められなかったんでしょう」
全ての決定権は“永田ラッパ”と呼ばれた大映のワンマン社長・永田雅一が握っていたのだ。