日本は“不倫”に厳しい? 世界の「不倫許容度」とその「処罰」とは? (2/3ページ)

マイナビウーマン

特に従順なイスラム教徒の多い国では、既婚者の不貞行為に対する処罰が厳しいところが多いようです。中には、罪を犯した者の下半身を土に埋め、息絶えるまで石を投げつけるという「石打ちの刑」を処するところも。これ、決して昔の話ではなく、ブルネイ(2014年)やマレーシア(2015年)では、近年導入されたばかりの刑罰なのです。

■日本の不倫に対する処罰の歴史

日本では、不倫はどのように捉えられてきたのでしょうか。平安時代は、夫が妻の家に通い、同居をしない「妻問婚(つまどいこん)」が主流でした。日によって違う男を迎える、違う女のもとに通うなど、浮気もしやすい環境で、特に非難されることもなかったようです。

しかし、貴族の間に、政治的な役職に自分の子どもを継がせようとする思いが生まれると、意識は変わってきます。妻が他の男の子どもを身ごもるなんてもってのほか。鎌倉時代には、不倫は密懐(びつかい)とされ、正式に法律違反になりました。同時代に制定された法令「御成敗式目」には、人妻と密懐した御家人は所領の半分を取り上げるという刑が記されています。

江戸時代になるとさらに厳しい処罰に。明暦元年(1655年)に幕府が公布した「江戸市中法度」によると、夫は密通した相手をその場で斬り捨ててもよいとされていました。それからおよそ100年後、1742年に作成された「御定書百箇条」には、男は引き回しの上に獄門に入れられ、女は死罪という刑が書いてあります。1867年出版の外国人画家が描いた「日本の礼儀と習慣のスケッチ」には、密通により公衆にさらされ、力なくうつむく男女の姿が描かれています。

明治時代を迎えても不倫の罪の重さは変わらず、刑法で禁固刑や懲役が定められていました。不倫が犯罪となくなったのは、第二次世界大戦後、日本国憲法が制定されてから。犯罪ではなくなったとはいえ、民法では婚姻契約を破綻させる行為として、慰謝料を支払う義務が発生するのは広く知られている通りです。

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