人生80歳から!天国に一番近いアイドル「KBG84」の深い話 (2/2ページ)

Suzie(スージー)

■80歳から楽しく生きることを決意

そんなトミさんが仕事を辞めたのは、80歳のときのこと。それまではほとんど毎月、島の神事をひとりでやっていましたが、ようやく若い人たちに任せるようになったのだといいます。

いまは、いろいろなことが終わってホッとしている状態。だからこそ、これからはみんなと遊び、楽しく生きていこうと思っているというのですからすごい。KBG84での活動に、大きな張り合いがあるそうです。

■その年齢で自分ができることをやる

84歳の白保夏子さんは、ずっと小浜島にいたわけではありません。結婚して子どもができ、石垣島で生活するようになったからです。

子どもの学校の事情もあり、また生活の問題もあったため、小浜島を離れるしか手段がなかったということ。

そこで、石垣島にできたパイン工場の事務員として、57歳まで働いたのだそうです。

ちなみに「57歳まで」ということには理由があります。本当は60歳まで働くつもりだったそうですが、外国産のパインに押され、パイン工場がダメになってしまったのです。

そこで、やむなく早めの“定年退職”をしたというわけ。

つまりは順風満帆だったわけではないのですが、それでも子どもが巣立つまでは、やることがたくさんあったと振り返ります。

子どもが学校を出て一人前になるまで必死に働いたのは、「それが私の役目だ」という思いがあったから。

とはいえ、「いつかやりたい」とずっと思っていたこともあったのだといいます。まずは畑。そこで定年退職後、夢を実現するため小浜島に畑を買い、最初はサトウキビを、体がきつくなってからは野菜をつくっていたそうです。虫がつかない野菜をつくろうと、ご主人と一緒にがんばったのだとか。

そしてもうひとつは、伝統工芸として有名な小浜の織物。ただし技術が必要で、やるからには集中しないとできないものなので、やるのは定年退職跡と決めていたのだといいます。

島の生活では、歳とともに自分がやるべきことが決まっており、次になにをすべきか悩むことなどないと夏子さんはいいます。

年相応にやることがあるから、自分にできることをやり、後輩につなげていくということです。

本書に掲載されたオバァたちのメッセージは、シンプルだからこそ強く共感できるものばかり。日常生活に疲れたときにページをめくってみれば、忘れかけていた大切なことを思い出し、パワーをチャージできるかもしれません。

(文/書評家・印南敦史)

【参考】

※KBG84[小浜島ばあちゃん合唱団](2015)『笑顔で花を咲かせましょう 歌って踊るオバァたちが紡いだ「命の知恵」』幻冬舎

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