97歳の女性が伝授!全世代に響く「歳を重ねることへの心構え」
『自分のままで暮らす』(吉澤久子著、あさ出版)の著者は、昨年にもロングセラー『ほんとうの贅沢』を生み出した家事評論家兼エッセイスト。
65歳からのひとり暮らしは30年を超え、現在は97歳になるそうです。
にもかかわらず現在も積極的に、執筆、講演、ラジオ、テレビなどで活躍中。その根底にあるのは、「暮らしを大切にする思い」です。
きょうは「年齢」をテーマにした2章「『歳を重ねる』ということ」に焦点を当ててみましょう。
■失うことを嘆かないで楽しむべし!
著者が自分自身の老いを実感したのは、60代のときだったといいます。
服の脱ぎ着が思うようにいかず、高いところのものを取ろうとすると、手が上がらなくなったことなどがきっかけ。
そして肩からひじにかけての痺れるような痛みを感じながら、「これが、うわさに聞く五十肩か」と、妙に納得した気持ちだったと記しています。
きのうまで当たり前にできていたことが、急にできなくなる。
それは、歳をとればよくあることでしょう。そして、老いは突然やってくるものでもあります。
いわば五十肩の痛みは、「老いの準備をしなさいよ」「いまのうちに先々のことまで考えておきなさいよ」という合図なのかもしれないと著者は感じたのだそうです。
そして、そんなときは「いつまでも健康ではいられない」ことを前提にして、老後の人生設計をもう一度考えてみるべきだとも記しています。
老いて失うものは数多くあるけれど、それはずっと前からわかっていたこと。
こういったことを嘆くよりも、楽しむくらいの心づもりでいたいということです。
■できないことをいちいち気にしない
つい先日はできたことが、きょうはしんどくなる。五十肩の話だけでなく、それは歳をとればよくあることかもしれません。
そんななか、「できなくなった」を何度も経験するうちに、著者はできない自分を嘆くことをやめたといいます。
理由はいたってシンプル。できないことはできないと認める方が、ずっと楽だと気づいたから。
できないことは仕方がない。だから、できないことを受け入れたうえで、「これからはどうやればいいのか」「他にやりようはないのか」と考えるようにしたというのです。
できないことを数え上げると、悲しくなって当然です。しかしそうではなく、自分ができること、できないことはなんなのか、それぞれを知っておくことが必要だという前向きな考え方です。
そして、できるとなら、たとえ時間がかかっても自分でやる。
人は楽をしたい生きものなので、一度でも怠ける方法を知ってしまうと、「面倒でも自分でがんばろう」とは思えないものです。
でも、楽な方へ楽な方へと流されたために、以前できたことができなくなってしまたというような、そんな老い方はしたくないのだといいます。
できることは、自分のペースでしっかりやる。できないことについては無理をせず、知恵を絞って他の方法を探ってみる。
著者はそれを、老いて暮らしを楽しむための心構えにしているそうです。
■食べたいものを食べて前向きでいる
長らくひとり暮らしを続けてこられた理由のひとつは、健康だったことだと著者は。
そしてそれは、ゆたかな暮らしを実現するためには、絶対に欠かせない条件だとも自覚しているとか。
とはいっても、健康のためになにか特別なことをしているわけではないというのですから驚き。意識しているのは、「普通の食事を、バランスよくとる」「心をすこやかに保つ」、このくらいだといいます。
食べものについても、「食べたいものを食べる」が基本。なぜなら年齢的に、いつ普通に食べられなくなるかもわからないから。
でも高級品を食べたり、暴飲暴食をしたりするのではなく、「いま、これが食べたい」という気持ちに正直になるということ。
肉が食べたければたっぷり食べ、甘いものを我慢することもないのだそうです。
また、1日に30品目食べるのが理想とされていますが、その点に神経質になることもないとか。
「いろいろ食べよう!」という言葉を頭のかたすみに常に置いておくようにした食生活をしていれば、それで十分だと思うからだという考え方。
人の命はいろいろで、「絶対」はありません。だから情報に惑わされることなく、バランスよく、おいしく食べ、お茶で一息ついたら、食後は程よい運動と休息をとる。
あとは、明るく前向きに暮らす。それが、いちばんの薬だといいます。
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本書における著者の文言は、単に「お年寄りの言葉」として片づけられるものではなく、すべての年代の人に通用するものであるはず。
だから読んでみればきっと、ポジティブな気持ちを分けてもらえると思います。
(文/書評家・印南敦史)
【参考】
※吉澤久子(2015)『自分のままで暮らす』あさ出版