天才すぎ! ポケモン生みの親、田尻智の伝説「開発機材を自作」「学生時代にゲームフリークを創刊」 (2/2ページ)

学生の窓口

●公式開発機材なしでファミコンソフトを開発!

田尻さんは、ゲームのプレーヤーから開発者へと進みます。『ゲームフリーク』で培った人脈を基に1989年(平成元年)にはファミコン用アクションゲーム『クインティ』を開発、ナムコから発売され約20万本以上を売り上げるヒット作となりました。

このタイトルの開発は、任天堂からの公式な開発機材なしで制作するというすごいものでした。なんと、開発機材を自作することから始め、自作のROMカセットをナムコに持ち込んでデモが行われたそうです。このデモを受けてナムコから正式に発売されたのです。

後に当時の関係者から伺いましたが、このデモも、インディーズのレーベルが独力でファミコンソフトを制作しそれが発売されるという出来事も空前絶後、後にも先にもこのゲームフリークの『クインティ』だけだそうです。面白いゲームを作りたいという熱意が成し遂げた伝説です。

アニメ『ポケットモンスター』の主人公・サトシは田尻智さんから取られているそうです。ポケモンの大ヒットは田尻さんの名前を世界的なものにしました。ゲーム文化の勃興期を駆け抜け、また現在も走り続けている田尻さんはこの後も多くの伝説を残されるのではないでしょうか。

Photo(C)FreeDigitalPhotos

(高橋モータース@dcp)

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