昔は2月の最終日は「30日」だった?知られざる2月30日の謎 (2/2ページ)

Suzie(スージー)

さらに、その翌年1930年には、年間すべての月の日数を30日に統一し、余った日数はどの月にも入れないという独自のルールを制定しようとしました。

しかし、周辺諸国がグレゴリオ暦を使用しているため、不都合が生じ、結果的にそのルールは採用されませんでした。

■昔は日本でも2月30日が2月の最終日だった!

世界暦という、太陽暦の一種である暦では、2月30日が毎年あるそうです。しかし、実際にこの暦を使用している国は過去も現在もないので、2月30日は事実上存在していないということになります。

一方、日本でも過去に使用されていた旧暦の場合、月の終わりは29日か30日なので、年によっては2月の最終日として存在したことがありました。また、元号を使用する和暦では2月30日にあたる日が存在することが記録として残っています。

天平5年の2月30日には、『出雲国風土記』という風土記が完成しており、慶応4年には、イギリス公使パークスが、朱雀操(すざくみさお)と三枝蓊(さえぐさしげる)に襲われたというのは、歴史的に有名な事件でもあります。

また、漫画の話ではありますが、ゲゲゲの鬼太郎の誕生日は2月30日だという説もあります。

ただでさえ、うるう年やうるう日はややこしいと感じるのに、2月30日が存在したなんて驚きですね。人類の歴史のなかで、さまざまな研究と試行錯誤があったことがよくわかる例です。

(文/hazuki)

【参考】

February 30th-Now I Know

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