【俺たちの妊活事情】「セックスレス」に陥る夫婦の原因って?<連載第2回>
「あなたの子どもが産みたいの」。そんな言葉から僕らの結婚は始まったのに、気がつけばセックスレスに…。
新婚当初は子どもがいる家庭を夢見ていた夫婦も、2,3年程して子どもを授かることなく過ごしていると、そんな想いが冷めてしまったり、夫婦間で“子ども”について話し合うことを避けてやり過ごしてしまうことがあるのではないでしょうか?
今日は、3年間にも及ぶ不妊治療の末に、やっと子どもを授かった『俺たち妊活部―「パパになりたい! 」男たち101人の本音』の筆者・村橋ゴローが自身の妊活エピソードを元にセックスレスに陥ってしまう夫婦の原因についてお話します。
■子どもが欲しいのに、セックスレス!?
“したい、でも怖くて言えない、だからできない”
この無限ループにハマってしまったのが、結婚7年目の頃だろうか。「あなたの子どもが産みたいの」と言われ、たった半年の交際で結婚。僕は子どもなんてすぐにできると、高をくくっていました。子づくりのため、もちろん行為はあったのですが、3年4年と成果が出ないと、その頻度は確実に減っていってしまっていました。
当たり前の話だが、行為がなければ子どもはできない。しかし何年もしてるのに、授からない。そうなってくると妻は、行為自体をうっとうしく思っているのではないか? 僕は次第に、そう考えるようになってしまってました。
僕は結婚以来変わらず、いや、年輪を増すごとに妻のことを大好きになっていました。
しかし、もはやふたりの行為は子づくりのためのもので、愛の交換ではない、彼女は少なからず、そう思っているのではないか? そして、僕の誘いを疎ましく思っているのではないか、結果が出ないのに求め続けてくる、間抜け野郎と思われているのではないか……。こんなネガティブ妄想がぐるんぐるんと8の字の輪っかをつくりはじめました。
そしてついに、冒頭の「したい、でも怖くて言えない、だからできない」というセックスレスに陥ってしまったのです。当然、最後の「だからできない」は、“行為”と“子ども”に係っています。
■代償行為
そんな折、妻にある変化が訪れた。「マンションを買いたい」と言い出したのだ。この提案には驚いたが、当時の僕ら夫婦には渡りに船だった。というのも子宝に恵まれない月日が7年も流れ、結婚当初の「あなたの子どもが産みたいの」という派手なプラカードも色あせ、埃をかぶり、ふたりの間では「ないもの」として、目をつぶり始めていた。そんななかの、新たな目標となったからだ。
子づくりのような、いつ授かるかも知れないものに希望を持ち続けることは困難だ。それよりも、金額を支払えば手に入るマンション購入に燃えたほうが、燃えがいというものがある。だって、頑張れば必ず手に入るのだから。
わが家は共稼ぎだ。子どもにお金がかからなければ、雑誌が勧めるようなライフスタイルを実践できるぐらいの贅沢はできる。世界中のワインを飲み干す週末、スーパーのフードコートで親子3人、たこ焼きを頬張る週末、どちらが幸せなのか。その答えはない。子どもがすべてじゃない。現に僕らふたりは、とても仲がいいじゃないか。
鎹(かすがい)なんてなくても、生きていける。そう思い、毎週末はマンションの内見に出向き、その足であらゆる雑貨屋・家具屋を見てまわった。インテリアはふたりの共通の趣味だったので、これはこれで刺激的な日々であった。
■妻が涙した、僕のひと言
2011年3月、僕らは都内に2LDKのマンションを買いました。念願だった新居での生活はまさに夢心地で、毎週末に友人を呼びパーティで浮かれた。何も申し分ないはずだった。しかし本物の充足感は得られないことに、マンションを買って僕は初めて気づいた。
「お前さ、本当に欲しかったの、それだったっけ?」
フタをしていたはずの感情が、一気に暴れだしたのだ。
数週間後、会社帰りの妻を駅前の小料理屋に呼び出した僕は、意を決しこう言った。
「あのさ、俺らが一番欲しがってたのマンションじゃなかったよね? 2人とも毎日忙しくてさ、本当に欲しいものから目を背けてたじゃん。本気で手に入れようとしたらスゲー大変そうだからって、見てみないふりしてた。でもさ、俺はともかく、りえちゃんは女なんだし、マジで時間がない。だからもう、誤魔化すのはやめようと思うんだ。俺、全面的に協力するから行こう。不妊治療のクリニック」
妻はポロポロと涙を流しながら、「ありがとう」と言ってくれたのです。
僕らはこうしてこれまで避けていた不妊治療という扉を開けることにした。互いに39歳となるその春、黄色に点滅していた信号が赤に変わるその寸前、ギリッギリのことだった。
子どもをすぐに授からない夫婦は、子ども以外のことでその穴を埋めようとしがちだ。しかしもし夫婦が子どもを望むなら、お互いしっかりと向き合い、話し合う必要があると僕は感じる。
次回、「地獄の一丁目!? 実録! これが不妊クリニックだ!」をお送りします。
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【著者略歴】
※ 村橋ゴロ‐・・・72年、東京都出身。大学生のときライターデビュー。以降、男性誌から女性誌、学年誌など幅広い分野で活躍。千原ジュニア、田村淳、タカアンドトシ、次長課長、高橋克典など多くの芸人、俳優陣の連載構成を手掛ける。3年に及ぶ、自身の不妊治療奮闘記をまとめた著作『俺たち妊活部』(主婦の友社刊)が好評を博す。また主な構成/著作に、『すなわち、便所は宇宙である』シリーズ(千原ジュニア著・扶桑社刊)、累計200万部突破した『GO!GO!バカ画像シリーズ』、『裏モテの秘策』(ともにKKベストセラーズ刊)などがある。結婚以来11年間、炊事・洗濯・掃除をこなす兼業主夫でもある。