長嶋茂雄が“清原逮捕”で漏らしていた慟哭肉声!(2)ミスターが惚れ込んだ野球選手としての才能 (2/2ページ)

アサ芸プラス

すでに獲得に動いていることが丸わかりでした」(前出・ベテラン野球記者)

 常々、「和製右の大砲」を切望してきた長嶋監督だけに、清原獲りはそれこそガムシャラなものだったという。

「評論家時代に、12球団を視察し、『ミスタープロ野球という存在感があるのは清原君だけ』とも話していた。また87年の日本シリーズで“宿敵”巨人を倒した試合で、清原が一塁ベース付近で涙を流したことを目に留め、『いつかは巨人に迎え入れてやりたい』と考えていたようです」(前出・記者)

 その強い獲得の気持ちが、交渉の場で、

「永久欠番である巨人の背番号『3』を譲ってもいい」

 という発言につながる。清原容疑者は結局、

「長嶋さんのつけた背番号3は俺には重すぎる」

 と断ったものの、長嶋氏の気持ちは十分に伝わっていた。移籍後の扱いに関しても、長嶋氏は万全のシフトを敷いていたという。

「当時、清原と同じポジションの一塁にベテランの落合博満(62)がいた。落合は『争っても負けるとは思わないが、どちらを使うかで悩む監督の顔を見たくない』と中日へ移籍した。実際には、長嶋監督は落合に対し、『来季はレギュラーを確約できない』と言い渡し、清原の一塁のポジションを確保していた。もちろん1000日計画で手塩にかける松井秀喜(41)の育成が最優先だったにしても、松井・清原のMK砲としての活躍を期待していたんです」(スポーツ紙デスク)

 こうして翌年の開幕戦で、清原容疑者は念願の「巨人のファースト4番」という金看板を与えられたのだった。

「長嶋茂雄が“清原逮捕”で漏らしていた慟哭肉声!(2)ミスターが惚れ込んだ野球選手としての才能」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2016年 3/10号落合博満桑田真澄長嶋茂雄清原和博スポーツなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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