歌って踊ってた!? 「合コン」は1000年前からあったってほんと?

学生の窓口

学生時代の楽しみのひとつ「合コン」。すてきな異性に出会えたらラッキー、そこまで発展しなくても友達を増やせるので、いまや当たり前の行事になっています。

日本の合コンはいつ頃始まったのでしょうか? 驚くことに1300年も前の奈良時代にはすでに存在、出会いを求めた男女が歌や踊りを披露する歌垣(うたがき)がおこなわれていました。江戸時代になると、未婚のマークとして「赤襦袢(じゅばん)」をまとった女性が踊りを披露する安宅(あたか)祭りも誕生、結婚したい男性が熱いまなざしを送る、別名「嫁定め」の行事もおこなわれていたのです。

■奈良時代の合コン「歌垣」

バブル期と呼ばれる1990年代にはディスコを借り切ったパーティ、通称「ダンパ」が出会いのイベントの代表でしたが、大がかりなのが難点。対する合コンは、居酒屋さんやレストランの予約さえしておけばOK、気楽に開催できるのがメリットです。「恋人探し」のイメージが定着しているので、気後れしてしまうひともいるでしょうが、そんな心配は無用。日本では古代からおこなわれてきた「伝統行事」だからです。

いまから1300年ほど前の奈良時代には歌垣(うたがき)と呼ばれる合コンがおこなわれ、とくに農村部では人気の行事でした。場所も選ばず、野原や浜辺などどこでもOK。歌を詠んだり踊りを披露して楽しんだのです。

歌垣はもともと豊作を願う、収穫に感謝するためのお祭りで、歌や踊りは神への「供えもの」だったのですが、いつの間にやら「出会い」の行事に変身… 歌の「かけ合い」をしながら相手の気持ちを確認したり「好きだよ! 」と伝える公開プロポーズの場になっていたのです。

やがては貴族の遊びへと変わっていきましたが、歌で求愛なんて風流すぎる合コンもあったのです。

■踊れるのは未婚女性だけ

江戸時代になると「出会いの場」ともいえる祭りが誕生します。別名「嫁定め」と呼ばれるほどストレートな合コンがおこなわれていたのです。

現在も続く「安宅(あたか)祭り」も元来は漁業のお祭りで、大漁や船の安全を祈る儀式として始まりました。七福神を乗せた船を模した曳舟(ひきふね)、金に輝く神輿(みこし)、踊りを披露するなど、神をあがめるオーソドックスな行事だったのです。ところがこの踊りに参加できるのは、

 ・未婚女性
 ・赤い襦袢(じゅばん)を着用

のルールが存在、着物の色は儀式のひとつとも表現できますが、未婚はナゼ? と思うのが当然。じつはこれ、「出会いの場」の意味もあったからなのです。

踊っている女性は全員嫁入り前ですから、プロポーズしてもトラブルは起きません。さながら「私をみて! 」といったところでしょうか、女性にとっても、多くのひとに自分をアピールできる絶好の機会。もちろん、みている男性は熱いまなざしを送り、そんな光景から「嫁定めの踊り」とも呼ばれているのです。

いま風にいえば「恋人募集中」と公言するようなものですから、歌を詠むような風流さはありませんが、あまりにもストレートなので話が早いのは確かです。合コンですてきな異性に出会ったら「つきあって! 」と直球勝負したほうが良いかもしれませんね。

■まとめ

 ・平安時代には歌垣と呼ばれる合コンがおこなわれていた
 ・もともと神に感謝する祭りだったが、出会いのイベントに変わっていった
 ・江戸時代になると未婚女性だけが踊りを披露する「嫁定め」の踊りも誕生した

(関口 寿/ガリレオワークス)

「歌って踊ってた!? 「合コン」は1000年前からあったってほんと?」のページです。デイリーニュースオンラインは、行事豆知識歴史雑学合コンカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る