40歳で迷いがなくなる!知れば人生観が変わる「孔子」の生き方
ご存知のとおり『論語』とは、2,500年前に活躍した中国の思想家・孔子の言行録。
高校生のとき、誰しも授業で習ったことがあるはずです。とはいえ、その成り立ちや内容について詳しく知っている方は、意外に少ないかもしれません。
魯(ろ)という国に生まれた孔子は、故郷で政治の仕事をしたのちに、弟子たちと放浪の旅に出ました。
ところが、自分を雇ってくれる人はいないかと諸国を巡るも、なかなか職が得られず、13年もの歳月を経て魯の国に戻ることになるのです。
しかし、孔子がなくなったあと、その言葉は弟子や孫弟子によって一冊の書物にまとめられることになりました。つまり、それが『論語』。
■『論語』は中国古典『四書』のひとつ!
『論語』をはじめ『大学(だいがく)』『中庸(ちゅうよう)』『孟子(もうし)』の4冊は「四書」と呼ばれ、儒教の基本経典として重用されてきたもの。
一般的には「論理」や「道徳」を学ぶために古典として紹介されることが多いと思います。
しかしそれだけでなく、学び方や考え方、コミュニケーション、人間関係などさまざまなことがらに対し、広く深い知恵が得られるという側面も。
だからこそ、ここに書かれていることは、現代にも活かせるのだといいます。
前置きが少し長くなりましたが、そこでご紹介したいのが、『まんがでわかる論語』(齋藤孝著、備前やすのり・まんが、あさ出版)。
表紙からもわかるとおり、どこから見てもまんがです。しかし、これはれっきとした『論語』本。
音楽コンクールを目指す高校生を主人公にしたまんがを通じ、『論語』の言葉をわかりやすく解説したユニークな書籍なのです。
『論語』には難しそうなイメージがあるかもしれませんが、なにしろメインはまんがなのですから、肩肘を張ることなく柔軟に受け入れることができるはず。
とはいえ、まんがの内容をここで紹介することはできません。そこで『論語』に詳しい著者による解説部分から、年齢に関連した有名なフレーズを引き出してみたいと思います。
■孔子は15歳で学問を究めることを決意
「吾れ十有五にして学に志す。(為政第二—四)」
いまさらいうまでもないことかもしれませんが、これは「私は15歳で学に志した」という意味。ちなみに「学に志す」とは、「これをしっかり勉強して、世の中に貢献しよう」と思って志を立てるということ。
15歳で学問を究めることを決めたとは、ずいぶん早い決心のようにも思えます。が、それはともかく、「志す」、すなわち、なにかをやろうと思い立つということは非常に大事だと著者もいいます。
なお、この言葉にはさらに有名な続きがあります。
「三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(みみしたが)う。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」
これは、「30歳になり自分の考えをしっかりとさせ、世に訴えることができるようになった。40歳になり迷うことがなくなった。
50歳になり天命を知った。60歳になり他の人のいうことにも耳を傾けて、素直でいられるようになった。
70歳にして心の欲するままに行動するようになったけれども、ルールを踏み外すようなことはしない」ということ。
■「学問を志して迷わない」という気持ち
15歳から70歳まで一気に、しかも、これほどシンプルな言葉で自分の人生を要約してしまう。その要約力自体が素晴らしいと評する著者の意見には、大きく共感できます。
しかし、それ以上に重要なのは、「学問を志して迷わない」という強い気持ちがその中心にあること。
いまの日本においても40歳を「不惑」といいますが、それも『論語』からきているもの。
たとえば「不惑の歳になったのに、まだ迷っている」などと使ったりします。
昔は『論語』が常識だったので、「不惑」といえば『論語』に基づいていると誰もが知っていたわけです。そこで、その言葉を日常生活に活かし、適切な場面で引用していたのです。
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そう考えれば、いま『論語』を確認する場は学校の漢文の授業くらいしかないかもしれません。
しかし、そこにある言葉に時代を超えた普遍性があることが事実。だからこそ本書を通じて、いまふたたび『論語』のメッセージを再確認してみるのもいいかもしれません。
(文/書評家・印南敦史)
【参考】