現代ならではの「ご縁」かも...由緒不明だったお寺のご本尊の来歴が、ツイッターを通じて明らかになる (2/3ページ)
1743年に伽藍が全焼失しておりますが、その前からの方なのかどうかもわかっておりません。
- 千手院 (@senjuin1010) 2016年3月27日
これには、こんな返信があった。
@senjuin1010 不躾な質問への回答、ありがとうございます。この三尊は滝、清流、山岳にかかわる尊格として祀られることがおおいのですが。また、画像からみるかぎり、1743年以降のものではなく、三尊とも17世紀、京仏師の作にみえます。蛇足ながら。
- 麻加羅孟宗 (@kaunaya) 2016年3月27日
「三尊とも17世紀、京仏師の作にみえます」という重要な診断である。こうやって両者間で交わされるツイッターを通して、その制作年や十一面千手観音菩薩を作った仏師などを読み解いてゆくのだ。
例えば、こういったやりとりもあった。
@kaunaya ちなみにご本尊様の座面、蓮華台にはこのような墨書がありました。遊学という方方の作だそうですが... pic.twitter.com/TXsm7Q7IXU
- 千手院 (@senjuin1010) 2016年3月27日
@senjuin1010 「佛工京・・・学」たしかに京仏師だったですね。次の行は「・・・州関千手禅院」おいおい、「元禄十六癸未年(1703)」という墨書もありますよ。制作年ですね。