【松下幸之助、本田宗一郎、ビルゲイツ…】富と栄誉を手に入れた創業者まとめ

Amp.

先日、Amp.ではSNSサイト「Facebook」の創始者であり、世界的にも有名な実業家であるマーク・ザッカーバーグ氏をご紹介しましたが…。(【Facebook創始者の素顔】億万長者“マーク・ザッカーバーグ”のカリスマ性がすごい) 今回は、ほかにも自らの力をもって巨万の富と栄誉を築いた大企業の創業者たちをまとめてみました! その生い立ちから世で成功をおさめる法則は見えてくるのでしょうか…?

ビル・ゲイツ(Microsoft社)

出典: AUSTRALIAN INSTITUTE of BUSINESS

ハーバード大学に在学中にオペレーティングシステム(OS)「Windows」シリーズなどを開発しているソフトウェアメーカー『Microsoft』を設立したビル・ゲイツ。

『Microsoft』は、20世紀において最も成功した企業のひとつに数えられており、数十年にわたりチーフ・アーキテクト、そして会長職をつとめた彼は、個人資産世界一を誇る資産家でもあります。

ジェフ・ベゾス(Amazon.com)

出典: LIBERAL AMERICA

アメリカ最大手のオンラインショッピングサイトである『Amazon.com』の創業者にして現CEOであるジェフ・ベゾス。
プリンストン大学にて、コンピュータサイエンスと電子工学の分野で学士号を取得し、ニューヨークで数年間金融アナリストとして勤務したのち、1994年にシアトルへと移住してAmazon.comの立ち上げました。

世界有数の資産家であり、フォーブスの長者番付によると2014年時点で320億ドルの資産を有しています。

ジャック・ドーシー(Twitter社)

出典: Enterpreneur

上場を果たした『Twitter』の共同創業者でありながら、現在最も急成長を続けているモバイル決済『Square』の創業者でもあるジャック・ドーシー。
8歳でマッキントッシュに触れ、10歳でIBMパソコンに精通し、14歳のとき自動車の交通システムについて興味を持ち、今なお使われているタクシー会社のソフトウェアをオープンソースで書いていました。

「Twitter」のプロジェクトを思いついたのは大学在学中だったのだとか。

ラリー・ペイジ(Google社)

出典: SOUTHERN CALIFORNIA

『Google』の共同創業者、前最高経営責任者(CEO)であり、現在は持株会社であるアルファベット社のCEOを務めているラリー・ペイジ。
ミシガン州立大学で計算機工学を専攻し、1995年に学士(計算機工学)号を取得。卒業後、スタンフォード大学計算機科学の博士課程に進学し、ウェブのリンク構造、人間とコンピュータの相互作用、検索エンジン、情報アクセスインタフェースの拡張性、個人的なデータのデータマイニング手法などを研究しました。

スティーブ・ジョブズ(Apple社)

出典: TONS OF BUZZ

『Apple』の共同設立者の一人であるあり、アメリカ国家技術賞も受賞しているスティーブ・ジョブズ。

彼が自宅からスタートした『Apple』は、シリコンバレーを代表する企業としてサクセスストーリーを築きました。
1980年の株式公開時に2億ドルもの巨額を手中にし、25歳でフォーブスの長者番付、27歳でタイムの表紙を飾ると、1984年に発売した「Macintosh」を搭載したグラフィカルユーザインターフェースは、当時のあらゆるパソコンを凌駕する洗練されたもので、新たなコンピュータ像を創造しました。

松下幸之助(Panasonic)

出典: FIND AND GRAVE

『Panasonic』を一代で築き上げた経営者であり、“経営の神様”の異名を持つ松下幸之助。

青年のころ、大阪では開通したばかりの市電のを見て「これからは電気の時代が来る」と直観し、大阪電灯に見習工として入社。
その後会社を辞め独立、自宅の土間に作業場を作り、自らの開発したソケットの製造販売を始めました。当初は閑古鳥の鳴く日々の連続でしたが何とか乗り切り、1918年に『松下電気器具製作所』を設立。その後、独自の思想をもって経営に携わる名手としても天才的な技量を発揮し、『Panasonic』を大企業へと成長させました。

本田宗一郎(本田技研工業)

出典: Motorcyclemuseum

輸送用機器メーカー『本田技研工業(通称“ホンダ”)』の創業者である本田宗一郎。

自動車修理工場からキャリアをスタートさせ、のれん分けのかたちで浜松市に支店を設立して独立し、自動車修理工場事業を順調に拡大していきます。同時に、『東海精機重工業株式会社(現在の東海精機株式会社)』の社長に就任し金属工学を研究しました。
会社の全株を売却して退社し、「人間休業」と称して1年間の休養に入り、『本田技研工業株式会社』を資本金100万、従業員20人でスタートして二輪車の研究を始めると、ホンダを世界的な大企業に育て上げました。

安藤百福(日清食品)

出典: TOFUGU

日本で「チキンラーメン」と「カップヌードル」を開発し、世界的に普及したインスタントラーメン産業の創始者となった『日清食品』の安藤百福。

台湾出身の彼は、28歳のときに『中交総社(後にサンシー殖産に社名変更)』を設立。その後、約10年間の休眠状態を経て、1958年にチキンラーメンの発明に伴い『日清食品株式会社』に商号変更しました。「チキンラーメン」に始まるインスタントラーメン産業は、約半世紀を経て世界で年間総需要1000億食を越える巨大な産業に成長し、その発明・開発したことにより、食文化に大きな革新をもたらしています。


規格外の創業者たちは、その経歴も規格外のものばかり…。
やはり人と違うアイデアを思いつくには、生まれついた才能が段違いなのでしょうね。

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