北条かやとは何なのか:ロマン優光連載55 (3/4ページ)
時々挿入される、砕けた口調の諧謔パートも狙った効果がでているのかどうか私にはわからない。ただ、現時点では文章が上手いとは言えないのは確かだろう。
ただ、この本の中で群を抜いて面白い章がある。ばびろんまつこについて触れた章だ。ここでの北条氏の文章は本当に生き生きしている。人が物を書くときに熱が入るのは、嫌いなものの話か、自分の好きなもの=自分の話と相場が決まっている。そして、ここでの北条氏のばびろんまつこを分析した言葉は勿論後者であり、自分の内的問題を意識的にか無意識だかはわからないが、ばびろんまつこに仮託して物語っているのではないだろうか。一読に値するパートだと思う。
物書きとして考えるなら、現状の北条氏は胆力も分析力も文章力も一定のレベルに達していない。お前のような無名の者が言うなという声も当然あるだろうが、私ぐらいの知名度、評価、文章力の人間にも指摘できるぐらいのレベルでしかないということだとも言える。氏の現状は、ある種の男性の好みのド真ん中である氏のルックスと氏のわかりやすい経歴によるタレントとしてのニーズに支えられたものであることは本人も理解しているだろう。それはそれで一つのあり方なのだから開き直って頑張ればいいのにそういうわけでもない。嫌われたくないからだろうと思う。北条氏は基本的にチヤホヤされたい人だと思う。無限の賞賛と共感を求めてしまう人だ。チヤホヤされるためには人前に出なければならない。氏は同時に誰からも嫌われたくない人だと思う。彼女の中に人に嫌われるなんてほんとありえないことなのだろう。何が何でもあらゆる手段で自分に対する批判を封じこめようとする。正当な批判に対しても、あの人が言いたいのは反論ではなく結局は「私を責めないで」ということでしかないのだから、対話しても本当に話にならないのだ。しかし、何事も賛否両論が生まれてくるのは仕方ないことなのだから、どんなに頑張って批判を封じこめようとしても無駄なことだと思う。チヤホヤされるためには人前に出なければならないし、嫌われたくなければ我を引っ込めていくしかない。チヤホヤされたい欲望と嫌われたくないという欲望は似ているようで相反する欲望だ。どちらかを捨てない限り、心の平穏は訪れない。だから、本当に気の毒な人だなとは思う。