天才テリー伊藤対談「上田まりえ」(1)自分の表現の幅をもっと広げたくて (2/2ページ)

アサ芸プラス

テリー アナウンサーだって「表現」する仕事じゃない。仕事がつまんなかったの?

上田 いえ、すごく楽しかったです。だからこそ、アナウンサーの枠に縛られない表現をしてみたいと思ったんです。あと、局内に「自分の場」がうまく作れなかった歯がゆさもあります。入社してしばらくは、私のことをアナウンサーとして認識してもらえていなかったんじゃないかな? とも思いましたし。

テリー でも、「日テレの女子アナ」ってだけでも、すごいことじゃない。すごい倍率の中から選ばれるわけでしょう?

上田 確かにそうなんです。でも、24か25歳ぐらいの時がいちばんしんどかったです。後輩が続々入ってくるじゃないですか。そうすると周りから「後輩がいっぱいテレビに出てるのに、上田は何してるの?」とか言われるんですよ。

テリー 後輩って、誰だっけ?

上田 翌年入社が水ト麻美アナウンサーで、その次の年が徳島えりかアナウンサーです。

テリー なるほど、2人とも今や日テレのエースだ。でも、その時、会社に「もうちょっと華やかな番組に出たいです」とお願いしたら、その悩みは解消したんじゃないのかな。

上田 私の場合、アナウンサーという職業に憧れを抱いていましたけど、それは「テレビにたくさん出たい」ということとはイコールではなくて、「人に何か思いを伝える」ということに、魅力を感じていたものですから。

テリー 例えば、報道だったらテレビに出る機会も多いじゃない?

上田 一度、殺人事件の現場報道を任されたことがあったんですが、被害者・加害者の取材を進めるほど、胸が苦しくなって。そこで自分は報道に向いていないことを認識して、自分が伝えたいことは「誰かの気持ちを楽しくさせるもの」なんだって気づきました。

テリー なるほど、じゃあ何でもやらなきゃいけないアナウンサーは無理だね。

上田 でも、当時はまだ自分はアナウンサーとして胸を張れることができていなかったので、まずは目の前の仕事としっかり向き合ってみようと。そのあと、手がけた仕事の中でやりがいを感じた時に、やっと「あ、今が辞め時かな」と素直に思えたんです。

「天才テリー伊藤対談「上田まりえ」(1)自分の表現の幅をもっと広げたくて」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2016年 4/21号、上田まりえ、テリー伊藤、女子アナ、エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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