【プロ野球】2020年、本拠地なしの「ロマ・ヤクルト」はチャンス到来か? (2/2ページ)
■地方でやるからには地域密着のお返しも必要
現在では新潟や松山など地方にも立派な球場がある。さすがに長期間は厳しいかも知れないが、数カ月という期間であれば、ヤクルトもファン拡大のために、野球文化拡大のためにドカンと地方に軸を据える期間を作っても面白いのではないだろうか。
ただし、地方に行って試合をやるだけではもったいない。
今世紀に入って仙台には楽天が誕生したが、このときは過去のロッテ・オリオンズの話題は持ち出されなかったように思う。実はこれには不穏な説がある。
仙台2年目の1974年、ロッテは日本一に輝いたものの、設備の関係から日本シリーズは宮城球場ではなく後楽園を使用し、優勝後は都内でパレードを行った。
ここまでは仙台市民としても納得がいくだろう。しかし、その後のシーズンオフ、ロッテから仙台には音沙汰なし。この年から本拠地登録となっていたにも関わらず、最多27試合を開催したにも関わらず、優勝パレードも祝賀会もなかったのだ。
この一件で仙台のロッテ熱はにわかに冷めていったのだという(翌年の観客動員数は60万人で27万減)。仙台市民に「ロッテは結局、東京志向だ」「俺たちは腰掛けか」と落胆を与え、そのため、川崎移転後は忘却の彼方になったという説があるのだ……。
もし、ヤクルトの地方巡業が実現するとすれば、オリックスのスローガンではないが、「俺のヤクルト」「俺たちのヤクルト」と思わせるような“仕掛け”も大切になってくるだろう。
■それでも「ロマ・ヤクルト」の誕生に期待したい
選手たちの負担も大きい。「ミスター・ロッテ」の有藤通世も過酷な移動、気の休まらないホテル暮らしなど、当時をうらめしく振り返っている。
「月に1〜2度帰るだけじゃ、我が子が全然懐かなかった。父の顔を見て喜ぶのではなく泣かれたのは本当に辛かった」
机上だけではない。選手たちにも家庭があり、体があることも忘れてはならない。
それでも今回は五輪期間だけ。先の見えなかったロッテ・オリオンズとは、少し負担の度合も変わってくるのではないだろうか。
実現すれば、東京五輪一色になりそうな2020年に“野球”が大きな話題となり、同時期に地方が抱える見えざるルサンチマンを爽快に吹き飛ばしてくれることだろう。
また、永田町をにぎわせている「16球団構想」のテストケースという旗印を掲げれば、重点的な支援も期待できる。現段階から大胆に舵を切って準備を進めれば、大規模なプロジェクトとして動きやすくなるはずだ。
地域創世。プロ野球の新時代を切り拓くチャンスがヤクルトに巡ってきた。
文=落合初春(おちあい・もとはる)