思いつくのはキラキラネームばかり!? 264日間の「泥沼名づけ」体験記<連載第8回>
3年に及ぶ不妊治療、2度の流産。四十路でやっと授かったわが子がゆえ、最高の名前を!と思い始まった名づけ。
生まれてくるわが子を思いながらワクワクしながらする作業だと思っていたのだが、それは違った。
自身の妊活奮闘記を綴った『俺たち妊活部』の著者・村橋ゴローが、3年間に及ぶ不妊を乗り越えて授かったわが子の、264日間もの泥沼名づけ体験記を告白します。
文字を生業とするゆえ妻に一任されたこの特命、そのてん末とは……!?
■親からの最初の贈り物「名づけ」との戦い
目の前に2冊の大学ノートがある。名づけノートである。これは、お腹の子の心拍が確認された2014年元日から8月24日まで続いた、僕の戦いの証とも言える。
名づけ、それは子どもの一生に花を添える、親からの最初の贈り物。42歳で父親になるという遅すぎた春ゆえ肩に力が入りまくり、その作業は難航した。
名づけノートをひも解くと、最初の数ページには最初に「これだ!」と決めた名前が多数躍っていた。
●「村橋蓮」(むらはし れん)
蓮くん。素晴らしい名前だ。泥の中にあっても美しい花を咲かせるという蓮の花は、このぐちゃぐちゃな現代で気高く生きている人間を連想させる。
が、しかし、字面はいいのだが、音がいけなかった。「むらはしれん」→「むらは試練」。イカン、イカン、イカン!
僕の子として生まれてくること自体がある意味試練であることがバレてしまうではないか!
「蓮くん」は、泣く泣く却下されたのだった。
●村橋樹(むらはし いつき)
「蓮」もそうなのだが、自然界のものから名前をつけたいと考えていて、次に候補にしたのが、この「樹」。大地にしっかりと根を張り、真っすぐ天に向かって伸びていく樹木。意味も素晴らしいではないか。
何度もノートに書き、納得しかけたそのときだった。ちなみに、と縦書きにしたとき気づいてしまったのだ。
村
橋
樹
「木」が多い! 苗字名前で、木へんが3つって! 僕がそいつの同級生なら、絶対に「森くん」ってあだ名をつけるね。よってこちらも却下!
■思いつくのは、キラキラネームばかり…
40年生きてきて今まで一度も気にかけたことなんてないのに、いざ名づけを始めるともう気になって仕方がないのが、画数というやつだ。
つけたい名前と画数の相性が悪く辟易としていたなか、名づけアプリにふと自分の本名を入れ占ってみた。すると出た結果が、何と44点。低っ!
しかもひと言寸評には「逆転満塁ホームランで負けた感じ」。ひどい言われようだ。しかしここで吹っ切れた。
自分の人生は少なくとも44点以上のものだったし、逆転満塁ホームランも打たれてない。そうだ、画数なんかにとらわれなくていいのだ。
そこから思いつく漢字、名前をノートに列挙しまくっていくも、一向に「これだ!」というものに出会えず。元日から名づけを始め、気がつけば出産予定日も8月23日と判明。そのため夏に関する言葉も挙げていくが、どれも決まらず。
そのころのノートを見ると
コンセプト:やさしくてつよい子
と書き、大きな赤丸がしてあった。名づけがドツボにはまり、必死にリセットしようとしているのがよくわかる。しかしそこから数ページ先をめくってゾッとした。
かの明石家さんまさんは「生きてるだけでまるもうけ」、それを略して娘さんを「いまる」と名付けた、という有名な話がある。そんな粋な名づけに憧れたのだろう。
・未来は僕らの手の中、略して「みぼて」
・生きているんだ それでいいんだ、略して「いそい」
いずれも大好きな歌詞を引用したのだが、狂ってる! 当時の俺、どうかしてる!
■名前が決まらない理由は?
全然、名前が決まらない。気がつけば出産予定日まで2週間を切り、名づけノートは2冊目を終えようとしていた。
なぜここまで決まらないのか? 理由は簡単だ。毎日酒を飲みながらの名づけが日課だったため、2時間ほどで酔っ払い何も決まらず、また翌日からやり直し、の毎日だったからだ。
なぜそんなことに元日から8月の中ごろまで気づかなかったのか? よくよく考えてみなくても、それは僕が無類のばかだったからである。それに気づいたのが、出産前日。で、そこから素面で考えたところ、3日で決まったのでした。
僕の後輩が以前、ベロベロに酔ってネットサーフィンした結果、あとワンクリックで400万円のベンツを買うところだった、という話を思い出しました。
これから名づけをするという方、酔いに任せた名づけには気をつけましょう。親からの最初の贈り物が酔いから生まれたものではやっぱり可哀想でしょう。
次回、第9回は「男なのにマタニティブルーにかかる!」をお送りします。
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【画像】
※ Lopolo、Andrey_Popov、Creativa Images/ Shutterstock
【著者略歴】
※ 村橋ゴロー・・・72年、東京都出身。大学生のときライターデビュー。以降、男性誌から女性誌、学年誌など幅広い分野で活躍。千原ジュニア、田村淳、タカアンドトシ、次長課長、高橋克典など多くの芸人、俳優陣の連載構成を手掛ける。3年に及ぶ、自身の不妊治療奮闘記をまとめた著作『俺たち妊活部』(主婦の友社刊)が好評を博す。また主な構成/著作に、『すなわち、便所は宇宙である』シリーズ(千原ジュニア著・扶桑社刊)、累計200万部突破した『GO!GO!バカ画像シリーズ』、『裏モテの秘策』(ともにKKベストセラーズ刊)などがある。結婚以来11年間、炊事・洗濯・掃除をこなす兼業主夫でもある。