【プロ野球】球界きっての個性派・井川慶の変人すぎる伝説エピソード (2/2ページ)
■甲子園の駐車場にプレハブ建設を懇願
私生活でこだわりのあまりない井川だが、それは家も同じだった。若手プロ野球選手は球団の寮に住むしきたりがあり、井川も若手時代は阪神の合宿所「虎風荘」に住んでいたが、なんと年俸が1億円を超えても簡単には出ていかなかった。
理由は単純明快で「快適だから」。プロ野球選手の多くが、門限などの規則が厳しい寮から早く抜け出そうと、あの手この手、ときには結婚してまで退寮を目指すものだが、井川は寮にと根を張った。
2003年の優勝後、さすがに追い出されたが、そのときも「甲子園の駐車場にプレハブを建ててほしい。そこに住む」とゴネたのだとか……。
ちなみに2012年、日本球界に復帰した際も家が決まるまでの間、オリックスの選手寮に入寮。「僕は寮生活が大好きです」と語り、嬉しげだった。
■天性の倹約家&初代オタク選手
球団から支給されたのぞみのグリーン車の切符をひかりの自由席の切符に変えて差額を貯金するなど、プロ野球選手らしからぬ倹約肌の井川。若手時代には月わずか1万円で生活。その1万円も内訳は大好きなゲームソフト2本で終わり。
当時監督だった野村克也氏いわく「寮に引きこもっていた」らしく、同僚選手たちも「井川は部屋でゲームをするか、ビデオを見ていた」と口を揃える。
今でこそ、漫画・アニメ・ゲームのサブカルチャーを好む「オタク」であると明言する選手も増えているが、実は井川が初代オタクプレーヤーであるという説も根強い。大阪・日本橋で中古ゲームを買い漁る姿がよく目撃されていたという。
注目の新作ゲームが発売された週の登板は、鬼気迫る投球で21時前に試合が終わることが多く、「井川は早く帰ってゲームがしたいから、すさまじい投球をした」といわれることも……!
またパソコンが普及しはじめた時代にいち早くノートパソコンやデスクトップを揃え、前出の「虎風荘」にネット設備を導入させた張本人でもある。当時、現役晩年の和田豊にパソコンの使い方をレクチャーしていたという情報も。時代の一歩先を行く男である。
■趣味が多彩すぎて語りきれない
その他にもダーツ、ラジコン、将棋など趣味は多彩。サッカーも大好きで、2012年にはアーケードのサッカーカードゲームで全国大会に進出したことも……!
阪神入団時に好きな球団を聞かれ、「鹿島アントラーズです」と答えた……など、井川伝説にはホントかよ!? と疑いたくなるようなものも多い。
しかし、井川慶ならありえる。そう思わせる稀代のトリッキーエースは新天地でどんな伝説を作るのか。ファンの一人として、復活を心から楽しみにしている。
文=落合初春(おちあい・はつはる)