「清原の次」は誰? 当局が狙う“薬物有名人” (2/5ページ)

日刊大衆



 この証言の際、清原被告の弁護人が「(佐々木氏は)投手として実績があり、名球会理事、解説者や評論家としても活躍しています。証人をやることへの反対はありませんでしたか?」と聞いている(佐々木氏は証人出廷を即決で承諾したと証言)。つまり、この出廷にはあまりにも大きなリスクがあったのだ。にもかかわらず、佐々木氏が証言台に立った動機。今回、本誌は、その理由となる裏側を知ることができた。

 話は約20年も前、佐々木氏がまだ横浜ベイスターズにいた時代の97年1月のオフシーズンまで遡る。佐々木氏はサイパンで自主トレをしたのだが、息抜きに地元繁華街・ガラパンのカラオケバーを利用したところ、店内で別の日本人のグループと大乱闘になり、佐々木氏は相手側のリーダーと思われる者からジュースのビンで殴られ、右前頭部を11針も縫う大ケガをした。事件は当時、マスコミでも大きく取り上げられた。実は、そのときの当事者が清原被告をバックアップしており、今回、佐々木氏の証人出廷を後押ししたというのだ。関係者が「もう時効」として、本誌に以下のように告白してくれた。

「15年春、清原が『週刊文春』で薬物疑惑を報じられ、仕事がすっかりなくなったとき、彼は四国八十八か所を巡ったのですが、清原にそれを勧めた僧侶(K氏)が、実は佐々木氏の頭を叩き割った当人なんです。当時は荒れた生活を送っていたK氏ですが、その後、出家。そのK氏と懇意の女性と清原の元奥さんが親友だった縁で、K氏と清原はつながったのです。一方、K氏と佐々木氏は、乱闘事件の2年ほど後、共通の知人のスポーツキャスターを介して再会。互いに詫びを入れ、以降、食事を共にする仲に。K氏は今回、佐々木氏に“清原のためにひと肌脱いでください”と頼んだそうです」

 縁が縁を呼んでできあがりつつある、清原被告への支援の輪。清原被告には、最愛の人との別れがあったとしても、彼の更正を切に願う人々の思いを裏切ってほしくはないものだ。

 さて、31日の判決をもって、“清原和博薬物逮捕事件”は一応の決着を迎えた。全国紙社会部の警視庁担当記者によると、「清原の逮捕は、薬物事件捜査を主導する警視庁組織犯罪対策第5課にとっても大きな手柄になったと言えます。
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