世界に衝撃! ジョコビッチのグランドスラム連勝に終止符 [ウィンブルドン]
イギリス・ロンドンで開催されている「ウィンブルドン」(6月27日~7月10日)の第6日、男子シングルス3回戦。
ノバク・ジョコビッチ(セルビア)のグランドスラム連勝記録はサム・クエリー(アメリカ)に6-7(6) 1-6 6-3 6-7(5)で敗れたことによって、「30勝」で終止符が打たれることになった。ジョコビッチはこれに先立つ4つのグランドスラム大会(2015年ウィンブルドン、全米、2016年全豪、全仏)に連続で勝ち、さらに1シーズンのうちに4つのグランドスラムのすべてに勝つ、1969年にロッド・レーバー(オーストラリア)が達成して以来の年間グランドスラム達成に向け、道半ばまできていた。
「僕は人生のポジティブなことを信じている。僕は4つのグランドスラム大会に連続で勝つことができた----それは2シーズンにまたがってはいたけれどね。僕は失敗よりも、むしろそちらのほうに気持ちを集中させたい」とジョコビッチは言った。
ジョコビッチがグランドスラムにおいて、3回戦という早い段階で敗退した前例は、2009年の全仏オープンまで遡る。彼は2010年以降は少なくともウィンブルドンでは毎年、準決勝には進出していた。
しかし金曜日に試合が始まり、ジョコビッチが世界ランキング41位のクエリーに対して最初の2セットを落としたとき、ジョコビッチにとって状況は陰気で、見通しが暗いように見え始めていた。通常は非常に安定性があり、効率のよいプレーをするジョコビッチだが、この試合での彼は決してパーフェクトないつもの彼には見えなかった。
試合後、健康状態は100%だったかと聞かれたジョコビッチは、「そうとは言えないが、でもそれについて話すにふさわしいときでも場所でもない」と答えている。
それでも金曜日の夕方にプレーが雨で中断され----これはこの大会で繰り返し起こっていることではあるが----土曜日にふたたびコートに立ったジョコビッチは、最初は前日よりずっとよいプレーを見せていた。
「彼は“史上最強の男”への道の過程にいた。そして彼がメンタル的に強いこと、挽回してくるだろうことはわかっていた」とクエリー。
ジョコビッチは第3セットを取り、第4セットではコーチのボリス・ベッカーを立ち上がらせたフォアハンドのウィナーによってワンブレークし、5-4とリードした。しかし、ここでサービスをキープすれば2セットオールになるというゲームで、ジョコビッチはたじろいでしまうのである。
そのゲームには、BBCの解説者によれば「ミスジャッジだった」、ジョコビッチに不利な2つの判定があった。しかし、彼はすでに判定への「チャレンジ」(ホークアイ/自動ライン判定)の権利を使い尽くしており、もはやホークアイによる見直しを要求することはできなかった。
そのセットで、そこまでのところつかんだ6つのブレークポイントを1つもものにできていなかったクエリーは、ジョコビッチのフォアボレーがネットにかかった瞬間に、7番目のそれをものにする。
クエリーがサービスをキープして6-5としたあと、3度目の雨による中断が起きた。試合が再開したとき、ジョコビッチは勝負をタイブレークに持ち込み、3-1とリードを奪う。しかしクエリーはそこから踏ん張り、ジョコビッチが放った浮いたフォアハンドがサイドを割って、ついに試合に終止符が打たれたのだった。
「彼はただ、僕を圧倒した」とジョコビッチは言った。
それはジョコビッチにとって、グランドスラムにおける、およそ一年ぶりの敗北だった。彼は2015年の全仏オープン決勝でスタン・ワウリンカ(スイス)に敗れたが、以来、昨年7月のウィンブルドン、9月の全米オープン、今年1月の全豪オープン、そして先月の全仏オープンで優勝していた。
この結果はどれほど驚くべきものだろうか?ジョコビッチは過去2大会のウィンブルドン優勝を含め、合計「12」のグランドスラム・タイトルを保持している。一方のクエリーは、どのグランドスラムでも4回戦以上に勝ち上がったことはなかった。さらにジョコビッチは、ふたりの過去の9度の対戦のうち、8度に勝っている。
1年の間に4つのグランドスラム大会を制した最後の男であるロッド・レーバー(オーストラリア)は電話でのインタビューを受け、「ノバクが負けたことは大きな驚きだ。私は彼が優勝すると思っていた」と話した。「それがプレッシャーからきたものなのか、彼がまだ本調子ではなく、エンジンがかかり切っていなかったからなのかはわからない。彼にはビッグマッチをプレーする準備ができているようには見えなかった」と話した。
ウィンブルドンでの、ジョコビッチとクエリーの過去のエピソードを比べてみよう。双方が、この大会で同じ数の敗北----8敗----を経験しているが、勝利数の違いは大きく、ジョコビッチの54勝に対してクエリーは9勝だ。今、その勝利数を10勝に伸ばした28歳のクエリーは、この時代最高のリターンの名手であると見なされているジョコビッチから31本のサービスエースを奪った。
「彼のサービスは非常によかった。彼は通常もいいサービスを打っているが」とジョコビッチ。「そして今日、彼のテニスのその部分は並外れていたと思う」と付け加えている。
一方、クエリーはこの日のジョコビッチの試合ぶりをこう評した。「たぶん、彼がプレーしたベストマッチの一角ではなかったかもしれないが、最悪の試合でもなかったと思うよ」。
クエリーは、2011年に自己最高の世界ランニング17位を記録しているが、これまでのところ、より若かったときに約束されているように見えたビッグサービスとフォアハンドの可能性をフルに発揮することができていなかった。ところが金曜日の(20時に雨によって中断される前までの)72分のプレーの間にジョコビッチからリードを奪ったときは、それらが“フルに発揮されていた”のだ。そして、その16時間後の土曜日にジョコビッチとクエリーは1番コートの芝の上にふたたび戻り、プレーを再開した。
ジョコビッチは土曜日に目覚めたとき----もし眠れていたら、の話だが----グランドスラム探求の旅を続けるためには連続で3セットを獲得しなければならないということを知っていたはずだ。テニス界でもっとも重要とされる4つのグランドスラムにおける彼の連勝記録は、テニスがオープン化された1968年以降で最多の記録であり、すべてのテニスの歴史を振り返っても1930年代のドン・バッジ(アメリカ)が記録した「37勝」、1960年代のレーバーの「31勝」に次ぎ、3番目に長いものだった。
1968年以降のプロテニスの時代で、ジョコビッチはウィンブルドンの3回戦で敗れた2人目の第1シードだ。偶然か否かはわからないが、もうひとりはやはりグランドスラム達成への道半ばにいた、1992年のジム・クーリエ(アメリカ)である。
歴史の重さがどれほど重荷になったかと聞かれたとき、ジョコビッチは「正直に言って、それが(この敗戦に)大きな一役を買っていたとは思わない」と答えている。(C)AP