100年以内に金持ちがスポーツハンティング感覚で人間狩りゲームを楽しむというビジネスが誕生することを示唆(英研究)
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ある観光学者によると、100年以内に大金持ち向けの人間狩りゲームが、大きなビジネスになるだろうという。まるで、アーノルド・シュワルツネッガーの映画『バトルランナー』のようだが、こんな地獄絵のようなビジョンが、独身最後の男ばかりのパーティや、観光客向けのアトラクション、チームワーク作りの訓練として現実化する可能性があるというのだ。
2200年には、この映画のシュワルツネッガーや『ハンガー・ゲーム』と同じように、一般公開されるイベントとして、その狩りの実況がテレビ放映されるようになるかもしれないというのだ。こんな悪夢のような未来を危惧しているのは、イギリスのセントラル・ランカシャー大学の観光学講師、ダニエル・ライト氏である。彼は科学誌に論文を寄せ、自説を展開している。
ライト氏によると、経済と生態系の崩壊によって世界が荒廃し、これが人口増加と著しい貧富の差を引き起こすとしている。
公開処刑を見ようと大勢の人々が群がった過去や、長いこと続いている現代のダーク・ツーリズムへの熱狂などが、前兆になっているという。これには、戦場やグラウンド・ゼロ、強制収容所など、死の現場が一般に公にされ、博物館までが、切り裂きジャックやドラキュラのような殺人者を熱心に取り上げていることも含まれる。
確かにアフリカでは、金に物を言わせたリッチなアメリカ人が、なんの罪もない大型動物をスポーツハンティングと称し追いこみ、仕留めた獲物と共ににっこり笑って記念撮影をしている。
人間狩りは自然界における淘汰
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ライト氏の持論は、2100年始め頃には、生きた人間を狩る娯楽が限られた人たちの間で秘密のうちに始まり、2200年までには、本物の狩りを体験できるようになるというものだ。
もちろん、金持ちが貧乏人を遊びで狩るなどという世界は、最悪の状況に違いない。「見世物としての死は、人間社会の中でなにも目新しい現象ではない。実際、わたしたちの歴史を見てもわかるように、人はさまざまな形で死を見たいという衝動があり、これはもう社会の営みのひとつになっている。ローマのグラディエーターの戦いしかり、公開処刑しかり、歴史を見ればその例はいくらでもあげられる」とライト氏
だがそれは自然の習いに従えば理に適っているという。生態系の崩壊は、人口を支える十分な食糧や土地が不足することを意味していて、大金持ちが貧乏人を狩るのは、娯楽としてだけでなく、増えすぎた人口を減らす効果にもつながるというのだ。
大金持ちが、増えすぎた人口を減らすためと称して、意図的に人間を虐殺して楽しむ休暇を過ごし、こうした邪悪極まりないスリルと興奮が、さらに需要を煽る。生き延びたいという人間の根源的な執着のせいで却って、しだいにこうした娯楽が 裕福な一部エリートを含む、幅広い範囲の人たちから認識され、受け入れられるようになる。人狩りゲームが一般化するという未来のシナリオ
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2200年には、人間狩りのようなことは、独身さよならパーティやチーム作りイベントなどの場でごく普通のことになり、ギャンブル産業で人気が増すようになる。
人間狩りは、現代の観光テーマパークのような場所で行われる。過去、現在を含め、殺人や死や人間の残虐行為など、死という重大ことを絶えず目の当たりにしてきた結果、現代の映画やメディアなどエンターテイメントの影響もあって、人類はますます見世物としての死に慣れていくだろう。
この論文は、未来のシナリオを示し、2200年における観光業の潜在的な関わりを明らかにしているという。
via:mirror/ translated konohazuku / edited by parumo
ライト氏の持論はあまりにも極論ではあるが、長い歴史を鑑みた場合、確かに公開処刑は市民のガス抜き的エンターテイメントの一面があったことも確かだ。かつては奴隷制度で支えられていたという歴史もある。だが現在は人権が尊重されるという方向で動いているので、さすがにそんな未来は来ないことを信じたい。
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