大仁田厚「“人生あきらめるなよ”ってことを、リングで表現したい」~想像を超える人間力 (2/2ページ)
“次は何をしてくれるんだろう”って、見ている人に思ってもらえるようなものを、常にリングに残さなきゃ。やっぱり、次々に人の想像つかないものを投げかけていかないと。
岡山での試合では、リングにロケットが飛び込んでくるんだよ。恐らく世界初だと思う。ウケるウケないっていうのは、やってみるまでわからないんだから、しょうがないところだと思う。ファイヤーデスマッチのときは有刺鉄線に、火をつけたんだけど、ウケないどころか、火が強すぎてリングが燃えちゃった。最後までリングで戦おうとしていたシークが、全身の60%に火傷を負ってしまって、大変だったよ。あの頃は、根性あったよね。俺も、一人で新日本に乗り込んだときには、足にナイフを忍ばせていたからね。命がけだったよ。
当時は、川崎球場で5万人集めたり、大人数の前でやることがいいなと思っていたんだけど、最近は自分の声が届いて、観客の顔が見えるような場所でプロレスをやるのが好き。500人くらいの会場で、自分の表現するものが、全部相手に伝わるような空間がいいな。今は、子どもたちをリングに上げて、水をぶっかけてやるんだ。不思議なことに、それで子どもが変わるらしいんだよ。それまで引っ込み思案だったのが、成長したって親から言われる。やっぱり、プレロスっておもしろいなって改めて実感したよ。
還暦で引退するってことは決めているので、その後どうするか。でも、それを今言ったらつまらないでしょう。リングを下りても、また、想像もつかないようなことをやっていくから、楽しみにしていてほしいね。
撮影/弦巻 勝

大仁田厚 おおにた・あつし
1957年10月25日、長崎県生まれ。73年に全日本プロレスに入門し、ジャイアント馬場の付き人となる。82年には、NWAインターナショナル世界Jr.ヘビー級王座に。89年に自らの団体『FMW』を立ち上げ、ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチで一躍、脚光を浴びる。99年には新日本プロレスに殴り込みをかけ、話題に。01年には参院選に出馬し、当選。07年に政界を引退。現在は、「プロレス地方創生!イジメ撲滅!」をテーマに全国各地のリングに上がっている。