【プロ野球】福岡ソフトバンクと飯塚オートレースの奇妙な巡りあわせ (2/2ページ)
■20年連続Bクラスのホークスが「常勝軍団」に!
中村がオートレーサーとしてデビューした1985年といえば、南海ホークス低迷期の真っ只中。南海、ダイエーと親会社が変わるなか、20年連続Bクラスという不名誉な記録を作ってしまった。
しかし、奇しくも中村が殉職した1999年に、王貞治監督率いる「ダイエーホークス」として優勝。その後のホークスが見せた2000年代の躍進、ソフトバンクになってからの勝ちっぷりは説明するまでもないだろう。ホークスは「常勝軍団」になったのだ。
ちなみに、ホークス躍進の立役者といえば、ダイエー時代に球団の土台を構築した「球界の寝業師」こと根本陸夫氏。根本氏も1999年に他界しており、その後の黄金時代を自分の目で見られなかった点も中村と共通している。
プロ野球とオートレース。競技は違えど、地元に密着して地域に活力を与えている点では同じだ。その礎を築いた偉大な2人のご冥福を、あらためて祈りたい。
文=サトウタカシ (さとう・たかし)