【相模原・障害者施設殺傷事件に学ぶ】知らず知らずに「弱者を馬鹿にする」考え方とは? (2/3ページ)
種のまま芽が出ないもの、途中から成長しないもの、曲がってしまうものがある。そんな種の犠牲の上に成長できる芽がある。人間も生物だから同じこと。全員が健常者として生まれ成長するわけではない。
だから、税金をそんな人たちのために使い、健常者は手を差し伸べなくてはならない。特別支援の教員免許を取ろうとしている貴方たちは、その使命を担っている。>
■茨城県教育委員の長谷川氏の「障がい児排除発言」も同じ2015年11月、茨城県教育委員の長谷川智恵子氏の「障がい児を出生前診断などの技術を使って早めに見つけて減らせる方向に持っていけないか」といった主旨の発言をし批判を浴びました。
「妊娠初期にもっと障害の有無がわかるようにできないんでしょうか。4ヶ月以降になると堕胎できないですから」
「ものすごい人数の方が障害者施設に従事している。県としてもあれは大変な予算だろうと思った」
「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変です」
「茨城県はそういうことを減らしていける方向になったらいいなと」
(2015年11月19日付の毎日新聞記事からの引用)
そして、これに対して知事もこの発言を容認しました。 これも「今回の犯人と考え方の根本は似ている」と筆者は感じました。
いかがでしたか。
新型出生前診断でダウン症児だとわかると90%の妊婦が中絶する現実があります。
けれども、この検査でわかる障害は染色体異常・二分脊椎・特定の遺伝性疾患などの一部の障害です。視覚障害や聴覚障害や人口の6%~10%を占める自閉症などの発達障害はわかりません。
更に出産時の事故で脳性まひになることもあれば、普通に問題なく生まれてきても交通事故にあったり、病気をして脳にダメージを受けて障害児になる可能性もあります。
そんなとき「あなたの子どもの存在は大変な税金がかかり迷惑をかけている。最初から生まれていなければよかった」といった発言をされたら、どのように感じるでしょうか?
また、親自身が事故や病気、鬱病や統合失調症などの精神疾患にかかり障害者になる可能性もあります。