【ツレが産後ウツになりまして】第9回:妻の涙をぬぐう、赤ちゃんの小さな手
大学病院の先生から届いた一通のメールから始まったわが子のアレルギー問題(『アトピー性皮膚炎との闘い・除去食の日々<後編>』より)、そしてスタートした除去食の日々で妻は疲れ果ててていた。
そんな妻の気持ちなどお構いなしに、相変わらず泣くことをやめないわが子……。
自身の不妊治療奮闘記を綴った『俺たち妊活部』の著者・村橋ゴローが見た、最愛の妻が産後ウツになっていく……壮絶な産後育児をお伝えします。
■「泣くことは赤ちゃんの仕事」なら、わが子は過労死寸前「もう行くところがない……」
妻は深いため息を吐きながら、うつむいた。傍らでは、生後3ヶ月の赤ちゃんが耳をつんざくけたたましさで、泣いている。
ウチの赤ちゃんは夜泣きといわず、一日のほとんどを泣いて過ごしていた。
これは以前も書いたがお気に入りのフレーズなので、もう1度だけいう。「泣くことは赤ちゃんの仕事」というが、それが事実なら、ウチの子はすでに過労死寸前だ。
何が不満なのか。
おっぱいが足りないのか、眠いのにママが寝かすのが下手なことに怒っているのか、ウンチが4日も出てないためお腹がパンパンに張っているのか、顔の赤みがかゆいのか。
たぶん、すべてが原因なのだろう。
わが子の育児トラブルは、それらすべてが当てはまっているからだ。それをわかっているだけに、妻は、今度は自責の念のこもった深いため息を吐いたのち重い腰を上げ、玄関先でベビーカーの用意をした。昼の1時なのに、今日だけですでに3度目の光景だ。
ウチの子はベビーカーに乗せるとその揺れが心地いいのか、高確率で寝てくれる。そのため妻は、登板過多となったベビーカーの出陣を用意しているのであった。
しかしお散歩のローテーションにも限界があった。往復2キロ圏内でスーパーは3軒、ドラッグストアは4件、公園は3軒。そして、冒頭のセリフに戻る。
「もう行くところがない……」。
■目の下にクマをつくりながらベビーカーで散歩する妻
僕がまだ子宝に恵まれず不妊治療にもがき苦しんでいたとき見た、“赤ちゃんを乗せたベビーカーを押すママ”。その光景は、この世の幸せを象徴するかのように、まぶしく光り輝いて見えた。しかし、そうではない“親子の散歩”があることを、子ができて初めて知った。
現実、妻は目の下にクマをつくりながら泣き叫ぶ赤ちゃんとともに、行くあてもなくただ歩を進める、それはもはや散歩ではなく徘徊だ。
そして「行くところがない」というセリフは、「行く場所がない」という物理的な理由にくわえ、育児ストレスによる行き詰まりを妻は無意識に示唆していたのかもしれない。
午後1時に出かけた妻は、結局帰ってきたのが午後の2時半だった。この日はベビーカーの揺れでは寝ずに、90分も泣いた体力疲れで寝たのだという。90分もの時間泣き続けるわが子をベビーカーに乗せながら、世間の目に晒されるように町を歩くのは、一体妻にどのような感情を呼び覚ますのだろうか。
「大丈夫?」と声をかけるも、返事がなかった。
遅い昼飯の準備にかかった妻だが、今は子どものアレルギーのため、卵・小麦粉・大豆・イモ類・乳製品の除去食の味気ないもの。焼いておいた干物をチンすると、それだけをおかずに白飯をかきこんでいた。
生気のない目から表情は読み取れず、「ごちそうさま」と誰に言うでもなくぼそっとつぶやくと、前の晩も3時間も寝ていない妻は、赤ちゃんの傍らに、倒れこむように横になった。
■妻の涙をぬぐう、赤ちゃんの小さな手
ふたりが寝たのを確認した僕は自室にこもり、原稿仕事に没頭していた。3時間ほど経っただろうか、リビングから物音がしたので思わず駆け込んだ。
赤ちゃんがまた泣き始めたのかもしれない。するとそこにあったのは……妻と赤ちゃんがキャッキャいいながらふざけている姿だった。
妻は「かわいい、赤ちゃんかわいい」といい、アトピーで腫れたほっぺをぷにぷにと触っていた。そして、なぜか泣いていた。
この涙の意味は、今となってもわからない。
産まれて3ヶ月が経ち、やっと表情が出てきた赤ちゃんはニコニコと笑いながら、母親の涙をオモチャと思ったのか不憫に感じたのか、おぼつかない手元を揺らしながら必死に拭おうとしているように、僕には見えた。
まるで「ママ、もう泣かないで」と言わんばかりに。
それは3ヶ月という短くも長い、産後ウツが終わろうとする夜明け前のことだった。
次回、「最終回 夫婦で泣いた断乳の夜」をお送りします。
【参考・画像】
※ Oksana Kuzmina、Pavel Ilyukhin/ Shutterstock
※ 村橋ゴロー(2016)『俺たち妊活部』(主婦の友社)
※ d13、 glebTv、Africa Studio/ Shutterstock
【著者略歴】
※ 村橋ゴロー・・・72年、東京都出身。大学生のときライターデビュー。以降、男性誌から女性誌、学年誌など幅広い分野で活躍。千原ジュニア、田村淳、タカアンドトシ、次長課長、高橋克典など多くの芸人、俳優陣の連載構成を手掛ける。3年に及ぶ、自身の不妊治療奮闘記をまとめた著作『俺たち妊活部』(主婦の友社刊)が好評を博す。また主な構成/著作に、『すなわち、便所は宇宙である』シリーズ(千原ジュニア著・扶桑社刊)、累計200万部突破した『GO!GO!バカ画像シリーズ』、『裏モテの秘策』(ともにKKベストセラーズ刊)などがある。結婚以来11年間、炊事・洗濯・掃除をこなす兼業主夫でもある。Twitter:@muragoro