本好きリビドー(118)
快楽の1冊
『血の季節』 小泉喜美子 宝島社文庫660円(本体価格)
どんな職種においても、偉人は必ず生まれる。政界、経済界、芸術界など−−。ミステリー小説の分野でもしかりだ。本書の作者、小泉喜美子は偉人の一人だ。衝撃的な死が多くの人に惜しまれ、伝説の存在と捉えられるようになったとも言えるが、そうでなくても生涯そのもの、もちろん仕事上での実績はミステリー史に残っている。
まず生涯という点では、日本ハードボイルド作家の代表格である生島治郎と結婚していたこと、そして離婚後はミステリー評論の大御所、内藤陳と男女関係になったことが有名である。1985年、酒場の階段で転げ落ちてしまい、重傷のために亡くなった。51歳であった。
そして仕事では、先に翻訳について言うと、P・D・ジェイムズ、レイモンド・チャンドラーなどの作品を訳している。とりわけジェイムズ・クラムリーの『さらば甘き口づけ』は多くの読者を獲得した。
一方、小説家としても活躍した。本来、翻訳をすること、小説を執筆することは、同じ文筆であっても、使う頭の思考回路は別である。しかし、彼女は二つを両立させた。それがすごいことなのだ。
本書『血の季節』は存命中、'82年に刊行された小説である。名作として名高く、このたび文庫で復刊された。
ミステリーとは謎解き小説、と捉えることは特に間違ってはいないが、必ずしも全面的に正しい捉え方だとも言えない。犯罪者の心理に限りなく接近していく作品もあり、アクション・シーンの迫力で読ませるものもあり、これらを単に謎解きが魅力、と言うことはできないのだ。本作の場合、5歳の少女殺害事件を刑事が追うストーリーと、犯人が過去の人生を語るシーンが均等に共存している。
この語りが実にいい。名作ミステリーは、ただ謎解きのみならず、人間の実相に迫っていることが多い。
(中辻理夫/文芸評論家)
【昇天の1冊】
猛暑到来…とくれば、何を差しおいてもビールを1杯、グビッと飲み干すのが爽快だ。そんな時に読みたいのが、この『白熱ビール教室』(星海社/880円+税)で「いま、日本のビールは黄金期を迎えている!」と銘打った面白い書籍である。
現在市販されているビールは実に160種類以上。大手酒造メーカーが販売している「ピルスナー」と呼ばれる種類のほかにも、さまざまなビールが存在する。代表的なのは「クラフトビール」で、これは大手メーカーとは違う小規模の醸造所で生産される、麦芽100%のものを言うらしい。全国各地の地ビールなどがそう。
そして、今やそうした少量生産のビールの品質は飛躍的に向上し、種類も豊富。クラフトビールをメニューに揃えた飲み屋が続々と登場し、若い女性からオヤジ世代まで、幅広い客層に人気だという。
もともと日本のビールは、世界中の品評会で賞を受賞するほど、海外での評価が高い。そこに、クラフトビール人気が重なり、ちょっとしたビールブームの様相を呈しているのだ。
本書は、そのガイドとしては最適。多彩な味や高いクオリティーのビールを山ほど紹介してくれていて、読んでいるだけで喉がゴクリとうなってきそうだ。
著者の杉村啓さんは、日本酒や醤油などの研究家として知られるライター。蔵元を丹念に取材した日本酒ルポは人気があり、その方が今度は徹底的にビールに切り込んでいる。ほろ酔い気分で楽しく読める1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)