残暑お見舞いは心霊写真。信憑性が高いと言われている17の写真
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まだまだ暑い日が続く場合には、はい幽霊、振りかぶって心霊写真だ。そこはかとない内部からの清涼感がクーラー効果を促進させてくれることだろう、きっとそう。
有名なものも含まれているので、カラパイアの超常現象・心霊カテゴリー専門で見てる読者には見たことあるやつも含まれているが、ここにあげられている心霊写真は、世界的にも信憑性が高いと言われているものなんだそうで、二重露光によるものではないという。それらの写真にまつわるストーリーを知ることで更なる冷気があなたを襲うだろう。
また、霊といってもすべてが悪霊というわけではなく癒し系の霊もいる。それらもひっくるめて17枚、ざらっと見ていくことにしよう。
・17. 生前のおばあさんの後ろに現れたおじいさんの霊
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数多くの心霊写真の中でも、有名な写真である。カラー写真+おばあさんの後ろに明らかに誰か立っているのが分かる、という点でこの写真の知名度は高い。
写真を提供したのはデニス・ラッセルさんで、この写真は94歳で亡くなったデニスさんのおばあさんの写真だという。最後の時期を介護施設で過ごしていた時に撮られた写真である。撮影日は1997年、8月17日。写真に写っている男性は、彼らのおじいさんだと言われており、1984年、8月14日に亡くなっている。右側の写真が生前のおじいさんだが本当に良く似ている。
おばあさんの後ろに立っている状態で顔がはっきり見えるように写るには、身長が2メートル40センチから3メートルほどないと無理である。そのことからも普通の人間ではあり得ない。家族がこの男性の存在に気がついたのは、写真が撮られた3年後の、2000年のクリスマスのことだった。
またこの写真にはもう1点奇妙な姿が写っている。後ろにある赤いバンの後ろにぼんやりと男性の顔が写っていることが確認できる。・16. ロバート. A. ファーガソンの講演に現れた弟の霊
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この写真は1968年の霊能力コンベンションにて『サイキック・テレメトリー:健康、富、完璧な暮らしのための新しい秘訣』の作者である霊能力者のロバート. A. ファーガソンが講演をしていた時に撮られた写真である。まさに完璧なタイミングで登場したわけだ。
ファーガソン氏によると、写真に写った霊はファーガソン氏の弟で、1944年に第二次世界大戦で亡くなったウォルター氏であるという。
写真が公開された当時、人々は二重露光だと指摘したが、この写真はポラロイドで撮られていたため、その可能性は低い。この写真は、ファーガソン氏が力説していた死後の世界を肯定する有力な証拠として有名となった。・15. 墓場に現れる赤ちゃんの霊
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アンドルーズさんは、その日、17歳で悲劇の死を遂げた自分の娘のお墓を訪れていた。娘が亡くなったのは1945年/46年頃である。
お墓参りは普通に終わったが、その後、現像した写真を見て背筋が凍ったという。なんと、その写真には、お墓の上に座っている小さな子供が写っており、アンドルーズさんの方をじっと見つめているではないか。
これも二重露光ではないかと疑われるような写真だが、アンドルーズさんは、この付近には小さな子供などいなかった断言している。そして写真に写っている子は娘の子供時代の容姿とは異なると説明している。
この写真は話題を呼び、オーストラリアの超常現象研究家であるトニー・ヒーリー氏が興味を持った。ヒーリー氏は90年代後半にその墓地を調査し、アンドルーズさんの娘のお墓の近くには2人の幼児のお墓があることを突き止めた。・14. 後部座席に座っていた霊
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この写真は1959年に、マーベル・チンネリーさんによって撮られたものだ。チンネリーさんは、夫が車に乗っているかっこいい姿を写真に収めた。しかし、現像したら後部座席に誰かが座っており、腰を抜かしたという。
その人物は後にエレン・ハンメルさんということが判明した。この女性は写真を撮った日に夫妻が訪れていたお墓の人物だった。専門化が写真を分析したところ、「自分の名声をかけてもこの写真は本物だと証明する」と二重露光の可能性をはっきりと拒否したそうだ。・13. ブートヒル墓地の霊
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ブートヒル(Boot Hill)とは、銃撃戦でブーツを履いたまま死んだ者が眠る墓地である。俳優のテリー・イケ・クラントンさんはブートヒル墓地で西部劇の格好をして写真を撮った。
現像した写真には、帽子をかぶった昔の西部風の男がはっきり写っていたのだ。その人物は明らかに足(ひざ下)が見えない。クラントンさんは写真を撮った時、周囲に人影はなかったと断言している。
その人物が手に持っている物も、一見ネクタイのようだが、数回見直すうちにナイフであることが分かった。ナイフは水平に持たれていて、ナイフの先は右襟の真下にある。さらに影の位置に注視して欲しい。クラントンさんの影は右に寄っている。ということは、後ろに写っている人物の影も同じはずだが...そうではない。・12. 踏切に潜む霊
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米テキサス州サン・アントニオには幽霊の出る恐怖の踏切がある。実はこの踏切で、1930年代~40年代にスクールバスが線路に挟まり、ドライバーと10人の子供が死ぬ事故が起きているのだ。
この恐怖の名所には世界から人が訪れる。そして、彼らは理解不能な体験をしている。20~30メートル離れた場所に車を停め、ニュートラルまたはエンジンを止めているにもかかわらず、勝手に車が動き出し線路内に突入する。もっと気味が悪いのは、ベビーパウダーをバンパーにつけておいたところ、車が勝手に動き出し、バンパーに子供の指跡が残っていたということだ。
ブレンダ・パチェコさんもこの踏切で実験を行った一人だった。「線路に向かってすぐに動き出しました。でこぼこを越え、反対側に行ったんです。私は興奮状態で車から降り、車の後部を確認したところ、小さな手の跡がついていたんです。とてもはっきりと小さな手の跡がね!指紋も手のひらの線も見ることができましたよ」
パチェコさんはその後も何度も実験を重ねた。「後ろ側だけでなく、他の部分でも手の跡が見つかりました。後部座席のドアのところにもあったんです。そして側面には大きな手もありました」・11. バチェラーズ・グルーブ・セメトリー
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もし幽霊と出会いたいなら、墓地は一番可能性が高い場所と言える。アメリカ、イリノイ州のバチェラーズ・グルーブ・セメトリーはよく幽霊が出る場所として有名だ。そこはもともとはシカゴで殺されていった被害者の死体捨て場だった。成仏できない魂が出てくるのも無理はない。
光の玉や幽霊の乗り物など数々の目撃例があるが、興味深いのは「ホワイトマドンナ」と呼ばれている白い女性だ。ホワイトマドンナは満月の夜、赤子を抱きながら、墓地を歩き回る。上の画像がホワイトマドンナだ、と言う人もいれば、別の幽霊の可能性もあるという人もいる。
この写真は1991年に、幽霊研究団体が撮ったものだ。彼らによると、その日墓地にいたのは彼らのみで、他の人間は一人もいなかったという。また1950年代には、ぱっと光って宙に浮かび突然消えていく幽霊の目撃例が周辺農家より相次いだ。・10. ニュービー教会の怪物
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西洋では、墓場のほかに霊が出る場所として教会がある。宗教には魂との強い繋がりがあると考えれば、それも当然である。1963年、K.F.ロード牧師は、イギリス、ニュー・ヨークシャーにあるキリスト教会の中を歩き回りながら写真を撮っていた。
牧師が予想しなかったのは、顔を白い布で包んだ16世紀の修道僧なる格好をした人物が現れたことであった。しかも、身長は約2.7メートルほどもあったという。「ニュービー教会の怪物」として有名なこの写真は、長年議論の的となり、多くの人がこれは二重露光ではないと信じている。・9. ウェイバリー・ヒルのサナトリウム(療養所)
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米国のケンタッキーにあるウェイバリー・ヒルのサナトリウムは、現在閉鎖されている。その昔、この療養所には40から50人の結核患者がいた。いくつかのテレビ番組でも特集が組まれ、撮影班などが現場を何回も訪れている。
そして病院内で撮られた最も不気味な写真がこの写真である。写真に写っているのは元看護士だった女性で、結婚していない状態で妊娠が発覚してから、502号室で自殺もしくは殺されたとの噂がある。
また、この療養所では9000人を超える死者が出たと言われていたが、正確には8212人らしい。どちらにせよ、これだけの人数ならたくさんの霊が出てもおかしくないだろう。・8. セブン・ゲーブルズの幽霊
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心霊写真は、その写真の背景にあるストーリーなどを知れば知るほど恐ろしさが増すものだ。上の写真は、2004年に米国マサチューセッツ州のセイラムにあるセブン・ゲーブルズに立つ家で撮られたものだ。
木製のフェンス越しに小さな男の子がはっきりと写っている。この男の子の正体は、ナサニエル・ホーソーン本人(有名なアメリカの作家で『緋文字』がベストセラー)か、彼の一番下の息子、ジュリアンではないかと言われている。
実は、ホーソーン家への呪いは先祖代々から続いているという。父方の祖先である初代ウィリアム・ホーソーンはクエーカー教徒迫害に関与し、二代ジョン・ホーソーンは悪名高いセイラム魔女裁判の判事を務めていたため、魔女裁判で殺された女性が一家を呪っているという噂がある。・7.レストランチェーン、 ゴッドファザーズピザに現れた幽霊
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アメリカのカジュアルイタリアンレストラン、ゴッドファザーズピザで相次ぐ不可解な出来事が起きていた。ユタ州、オグデンにあるゴッドファザーズピザでは、1999年から2000年に様々な異常現象が起こり、ユタ州超常現象探索研究チームが出動している。
マネージメントや従業員たちによると、電源を抜いたジュークボックスが勝手に動きだしたり、40個以上の蛍光灯の電球が箱の中で飛び回っていたり、フロアタイルが膨れ上がり、床から浮いたりしたという。また、キッチンから謎の口笛まで聞こえてくるそうだ。そして極めつけは、男性、女性、2人の少年など複数の霊の姿が目撃されたことだ。
ユタ州超常現象探索研究チームは、このレストランが貧困者用の墓地の上に建てられていたことを調べ上げた。上の写真は、ユタ州超常現象探索研究チームにより2000年に撮られたものである。肉眼でも見えるほど、霧がかかったような亡霊の姿が写っている。・6. 英国海軍パイロットの霊
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イギリス、サマセット、ヨービルトンにある海軍航空隊博物館に行くことがあれば、ぜひ記念写真をとることをお勧めする。お勧めスポットは、展示されているヘリコプター内だ。このヘリコプターは、かつてミセス・セイヤーさんが記念写真を撮った場所でもある。
セイヤーが写真を撮ったところ、隣の席には誰もいなかったのに、現像したらパイロットの姿が写っていたのだ。
セイヤーさんが写真を撮ったのは1987年。英国心霊現象研究協会の調べに対し、セイヤーさんは「その日は猛暑だったのにもかかわらず、ヘリコプターの座席に座った時に寒気がした」と語っている。
さらなる調査の結果、このヘリコプターはフォークランド紛争(1982年。フォークランド諸島をめぐる英・アルゼンチン間の主権戦争)の際に使われていたヘリコプターだということが判明。しかし、このヘリコプターに乗っていたパイロットが操縦中に死亡したのかどうかは記録は残っていない。・5. チューリップ階段室の亡霊
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上の写真は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州、ホワイトロックに住む引退した聖職者、ラルフ・ハーディー氏が撮った写真である。
ハーディー氏は1966年、グリニッジにある国立海洋博物館のクィーンズ・ハウスを訪れてた際に、上の写真を撮った。そこにはとても優雅な螺旋階段がある。だがその階段を上るのは人間だけではない。亡霊も階段を好んでいるようだ。
ギャラリーで働く2人のスタッフは、ドアが勝手に閉まった後、バルコニーを滑るように横切り、西側のバルコニーの壁に消えていく女性の姿を目撃したという。その霊を追ったところ、霊がクィーンズ・ベッドルームを通り抜け、壁から出てきたところまで見たそうだ。
また、必死で血を拭い取る青白い女性を目撃したという人々もいる。どうやら、この女性はメイドだった人物で、50年前、一番高い階段の手すりから落とされ死亡したらしい。それ以外にも、謎の合唱を聞いた人や、見えない指でひねられたという観光客もいる。・4. 招かれざる結婚式のゲスト
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2008年、とあるカップルが結婚式場を探していた。彼らは、プロの写真家兼グラフィックデザイナーのネイル・サンドバチ氏に結婚式の写真をお願いすることに決め、イギリス、ハートフォードシャー州の農園で式をあげようかと考えていた。
ネイル氏は早速その農園を訪れ、いくつかの写真を撮った。そこは実に素晴らしい場所で、結婚式にもピッタリだった。しかし、コンピューターで写真の出来を確認していたネイル氏はとんでもないものを発見してしまった。それは白く光る物体だった。
ネイル氏は当時農園には誰もいなかったと主張している。不審に思ったネイル氏が農園のオーナーの元を訪れ、この周辺で何か異常現象が起きた事はないかと尋ねた。この時、ネイル氏は例の写真は見せていない。すると、オーナーは白い夜服に身を包んだ少年の霊が姿を現すことが度々あると答えたそうだ。・ウォーステッド教会に現れる傷を癒すというホワイトレディ(白い貴婦人)
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この写真は1975年に、イギリスのウォーステッド協会で撮られた写真である。この教会のプチ牧師によるとこの亡霊は白い貴婦人と言われるほど有名だという。
白い貴婦人にはヒーリング能力があると言われている。誰か病気や傷を負っている人がくると、写真のようにその人物を癒してくれるのである。写真に写っている女性は、ディアンという名前で、病気を患っており、抗生物質を服用していた。だが興味本位でこの貴婦人に近づこうとするととんでもないことになる。
1830年、鐘楼の頂上に登り、白い貴婦人が現れたらキスをしてみせると豪語する男がいた。その男がなかなか帰ってこないので、男たちが探しに行くと、彼は隅でうずくまり、白い貴婦人を見たと言い死んでしまったのだ。今ではこの教会は取り壊され、パブとなっているそうだ。・2. コンバーメア卿の亡霊
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リストの2位を飾るこの写真は、実は1位の写真にも直接関係している。
コンバーメア卿は、英国騎士団の司令官で馬車にひかれて死亡した。この写真のイスに座っている男はコンバーメア卿だと言われており、1891年にコンバーメア教会堂の図書館で撮られたものだ。写真が撮られたちょうどその時、6キロメートル離れた所でコンバーメア卿の葬儀が行われていた最中だったというから驚きだ。
写真が撮影された時、家族全員がコンバーメア卿の葬儀に参加していたという。・1. バルバドス島にある動く棺
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残念ながら心霊写真ではないがここは史上最大の怪奇現象が起こる場所ということで1位となった。
時は1807年に遡る。バルバドス島のオイスティンという村にはチェイス家という名家がいた。トーマス・チェイス卿は、この島のサトウキビ栽培で一財産を築き、黒人奴隷に対する非情かつ残酷な扱いで悪名高き人物で、村一番の嫌われ者であった。
そんなトーマス・チェイス卿が教会にある地下墓所の所有権を手に入れた。
最初にその墓所に入ったのは、トマシーナ・ゴダード夫人であった(この時、まだ墓の所有権はトーマス卿にはなかった)。夫人が埋葬されてから1年後、2歳で亡くなったメアリー・アン・チェイスが埋葬されることになった。そして、その5年後、メアリーの姉にあたる10歳になるドーカス・チェイスが自殺し、同じく地下墓地に埋葬された。さらに数週間後には、墓の所有者であるトーマス・チェイス卿が突然死した。
墓地の入り口には重い石戸があり、コンクリートで封印されている。コンクリートを削り、複数の男性で動かさなければ、動かないほどの石戸であった。
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トーマス卿を埋葬する際にこの石戸を開けると、なんと中にあった棺が全て動いていたという。だが価値のありそうなものが取られた痕跡はなく、墓荒らしの可能性は排除された。
人々は不審に思ったが、棺は元の場所に戻され、トーマス卿が埋葬されると、再び入り口をコンクリートで封印した。
4年後の1816年、チェイス家の親戚、サミュエル・ブリュースター氏が黒人奴隷たちの反乱で命を落とした際、墓所が再び開けられた。するとあろうことに、また棺が動いていたという。トーマス卿の棺は約109キロもあるのにだ。今回は外から無理やり開けられた痕跡もないことを確認していた。
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さらに1819年7月に再び墓所が開けられると、トマシーナ・ゴダード夫人を除くすべての棺が散乱していた。その頃には、動く棺のことは島中に知れ渡っており、多くの見物人に加えバルバドス総督コンバーメア卿までが見物に加わった。
このコンバーメア卿こそ、リストの2位で紹介した人物である。コンバーメア卿は墓所の徹底調査を命じたが、不審な点は1つも浮かび上がらなかった。棺を元通りに並べ、侵略者が入ったら足跡が残るように床には砂がまかれた。
1820年4月18日、コンバーメア卿が興味本位で墓所を開けるよう命令を下し、石戸を開けてみるとなんとまた棺がバラバラに動いていたのだ。
中には逆さになっている棺まであり、壁にも叩き付けられた跡が残っていた。しかし、入り口の封印は塞がれたままであった。砂の上には足跡の痕跡も残っていなかった。
これに恐怖を覚えたコンバーメア卿は、二度とこのような事が起こらないように、棺を別の場所に埋めるよう指示したという。
チェイス家の墓所は更なる調査が行われたが、水一滴入る隙間はなかったそうだ。地震の影響も排除された。もしあったとしても、木製の棺が逆さになることはないという。
via:17 Shocking Photos That Prove Ghosts Are Real/ translated melondeau / edited by parumo
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