NO1ヒットメーカー売野雅勇が明かす“80年代アイドル”の戦乱(2)中森明菜の「少女A」ウラ話 (2/2ページ)
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禁区
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少女A
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売野雅勇
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週刊アサヒ芸能 2016年 9/1号
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中森明菜
「僕のタイトルは『不良1/2』だったんです。これにはチーフプロデューサーの小田洋雄さんが『露骨すぎるなあ』と苦笑し、『1/2』だけ生かして、それに『神話』をくっつけたタイトルになりました」
事務所にとっても、レコード会社にとっても、いかに明菜が機嫌を損ねることなく歌わせるかが重要課題になっていた。聖子と並ぶ2大歌姫に成長し、85年と86年には、女性歌手として初の「日本レコード大賞」のV2も達成する。
そして売野氏は、6作目の「禁区」(83年)を書いた時の用意周到な作戦が忘れられない。
「このタイトルは、僕が『アリス(谷村新司や堀内孝雄が在籍)』と一緒に中国に行った時に、立ち入り禁止区域という意味でデカデカと書いてあった看板に触発されてのもの。ただし、インパクトが強くて明菜がキレるんじゃないかという話になった。そこで『めざめ』という無難な“偽タイトル”を用意し、それで明菜を納得させたうえでレコーディングし、最後の最後に『禁区』にすり替えたんです」
作曲はYMOの細野晴臣だったが、最初に提供した曲はボツ。書き直しを命じられた細野は怒りをこらえて元のメロディをYMOの新曲に転用。
アイドル歌謡の曲作りが、いかに戦乱であったかの証明である。