稀勢の里はもう横綱になれない!? 「横綱の器」度を再検証する!! (2/3ページ)
まず、あえて断りを入れておくが、稀勢の里は決して弱い力士ではない。それどころか、稀代の天才力士である。
18歳3か月での幕内昇進は史上2番目、19歳11か月での三役昇進は史上4番目の年少記録。しこ名をつけた鳴戸親方(元横綱・隆の里=故人)の願い通り、稀な勢いで駆け上がってきたのだ。そこまでは……。しかし、三役昇進後は好調と不調の繰り返しで、二桁勝利を挙げたかと思うと次の場所では負け越したり、その逆だったりの連続だった。結局、2011年に大関昇進を果たしたが、新入幕から42場所を要しての昇進は史上5番目のスロー出世。それまでとは真逆の記録を残している。
「実は、この昇進のときもメンタルの弱さが露呈しているんですよね。大関昇進の目安は直近3場所で33勝なんですが、その33勝目がかかった千秋楽の大一番で負けているんです。結局、相撲内容で昇進が決まったんですが、一部では“甘いんじゃないの!?”なんて声も上がったくらいです」(ベテランの相撲記者)
大関になってからも、ここ一番での取りこぼしは変わらず。その典型的な例が2013年の夏場所だろう。13日目まで全勝だったにもかかわらず、14日目に白鵬との全勝対決で黒星を喫し、さらに千秋楽でも敗れ、優勝決定戦に出場することさえかなわなかった。
ちなみに、この13勝が“優勝に準ずる成績”と見なされ、翌場所が綱取り挑戦となったが、そこでは11勝4敗で優勝争いに絡むことができずに失敗。その翌年にも13勝を挙げた翌場所に綱取り挑戦となったが、こちらも棒に振っている。
「今年の春場所から13勝、13勝、12勝と、“優勝に準ずる成績”で綱取りへの望みをつないできましたが、裏を返せば、どこかで優勝していれば横綱になっていたはずです。とにかく優勝ができない。こんなメンタルでは、仮に横綱に昇進したとしても、その重圧に耐えられるかどうか……」(中堅の親方)
稀勢の里が横綱にふさわしくないと論陣を張る諸氏の共通した意見は、やはり、メンタルの弱さによるもの。しかし、その一方で、横綱にふさわしいと主張する諸氏は、稀勢の里の才能を高く評価している。
「中学時代、野球部に所属していた彼は、ヘッドスライディングをした際に右手を骨折。