遺骨の中で最も重要とされている「喉仏」ーーこの考え方はいつ生まれた? (2/2ページ)

心に残る家族葬

また、中世に書かれた様々な説話集では、人間が怪物に食い殺される展開が多いが、そうした場合にも、犠牲者の頭部のみが残されたとする描写が大変多い。これも、死者の魂が戻ってくる部分は、頭部であるからだという信仰が大きな理由である。

更には沖縄や近隣の島々では、かつて「洗骨」や、遺骨の改葬の習俗があった。その際にも、遺体の頭蓋骨「だけ」を取り出して祀るしきたりが、沖縄本島の今帰仁や与論島など一部の地域では、近代まで続いていた。

こうしたことから、東アジアでは死者の魂が戻ってくる身体の部分は、「頭部」であるとされていたことがわかる。それを念頭に置くと、アイヌ民族や沖縄文化圏以外の日本で、喉仏を死者の魂の依り代として別格扱いするのは、少なくとも江戸時代以降ではないかと、推定できそうである。

参考文献:タブーに挑む民俗学―中山太郎土俗学エッセイ集成、 奄美・沖縄哭きうたの民族誌、 「青」の民俗学 地名と葬制、 鬼の研究

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