「ケミカルライト(サイリウム)」の歴史は、こんなに壮大だった! 老舗・ルミカに聞く開発秘話 (2/4ページ)

Jタウンネット

また、82年には、現在も見られるような化学発光によるケミカルライト類が、84年にはお祭りで今も見かける「光ブレスレット」の発売が始まった。

ケミホタル
ケミホタル

こうしてアウトドア用品として日本にやってきたケミカルライトだが、この段階ではコンサート会場とは結びついてはいなかった。

状況が大きく変わったのは1974年。ある1人の男性歌手のラジオでの呼びかけがきっかけとなった。

文化の始まりは74年

「客席から光るものを振る」という文化は、1974年の夏、西城秀樹さんのコンサートをきっかけとして始まった。

西城さんは、東京新聞の地震の連載「西城秀樹 ヒデキ!カンレキ!」にて、ケミカルライトがコンサート会場に定着していく様子を解説している。夜の公演だったため、前日のラジオで懐中電灯を持ってくるよう呼びかけたところ、多くのファンが持参した。懐中電灯やフィルムを巻いた豆電球はその後定番となり、80年代にはケミカルライトが公式のものとして売られ始めたのだという。

ただ、木村さんによると、現在のように観客が自前で用意して持ち込みというスタイルが広く浸透したのは2010年ごろ。メンバーそれぞれにイメージカラーのある大人数グループが人気を集め、多彩な色への需要が大きくなったことが契機だったと語った。

「「ケミカルライト(サイリウム)」の歴史は、こんなに壮大だった! 老舗・ルミカに聞く開発秘話」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る