貞淑美女タレントの性白書 高樹沙耶 薬物SEX疑惑 男4人に囲まれた「逆ハーレム生活」(2)
高樹沙耶は1963年8月21日、静岡県浜松市生まれの53歳。
両親は高樹が小学校3年生の時に離婚。ひとりっ子だった高樹は母親に引き取られた。母親は喫茶店を経営しながら、高樹を女手一つで育てたという。
「高樹は小さい頃から自己主張の強い子で、親や先生によく反抗していたそうです」(芸能ライター・小松立志氏)
勉強は嫌いだったようで地元の私立中学に進学すると陸上部の活動に打ち込み、ハイジャンプの選手として県大会でベスト4にまで進んだという。
だが、進学した私立高校には陸上部はなく、ヒマを持て余してしまう。
「そんな時、雑誌で見た大手芸能プロダクションに写真を送ったことがきっかけで、モデルの仕事を始めるようになったのです」(芸能プロ関係者)
週末の土・日に上京し、本名で『ギャルズライフ』『セブンティーン』などの少女ファッション誌で活躍した。
「その後、売れっ子になってきたので東京で生活するようになり、高校2年から都立青山高校の定時制に通いながら仕事を続けました」(モデル関係者)
女優デビューは、'83年に撮影された映画『沙耶のいる透視図』(公開は'86年)。
以後、この役名を芸名とした。
ドラマは『刑事貴族』『お金がない!』など出演多数で、今も続く水谷豊主演の刑事ドラマ『相棒』(テレビ朝日系)には'00年から'11年まで出演。
'07年には情報番組『ハピふる!』(フジテレビ系)のMCも務めた。
「『相棒』では、主人公・杉下右京(水谷)の元妻で和服が似合う小料理屋の女将役をしっとりと演じ、高評価を得ていただけに残念ですね。どうやら、人生の相棒となるべき男の選択に失敗してしまったようです」(ドラマスタッフ)
人気女優から一転、容疑者へと転落した背景には、男に対する奔放さと、何事にも、とことん突き進む性格があるようだ。
'98年に結婚したシンガー・ソングライターの中西圭三とは'00年4月に離婚。
直後の同年7月、仕事で訪れたハワイでコーディネーターを務めた現地在住の水中写真家・菅原真樹氏と出会い、すぐに“意気投合”し交際に発展。
'02年には、フリーダイビングW杯で潜水競技53メートルの日本記録を達成し、菅原氏との婚約も発表した。
「菅原氏と出会って3カ月後にはハワイへ移住し、所属事務所も辞めてしまったので関係者はア然、ボー然でした」(前出・芸能レポーター)
その上、「リズム感が合わなかった」として'04年には婚約を解消し、日本に帰って来てしまった。
「このあたりから、“使いづらい女優”というレッテルを貼られ、皆、彼女にあまり近付かなくなりましたね」(前出・テレビ局関係者)
'07年頃から、千葉県南房総市で米や小麦、野菜を育てながら“自給自足”の生活をスタート。'08年、再び本名で活動していくことを発表した。
「とはいえ、『あの人は今』状態でした。もう一度注目を浴びたかったでしょうに」(前出・小松氏)
そして、'12年7月、高樹は自身のブログで『大麻草検証委員会』という産業用大麻などを推進する団体の幹事になったことを告白。
〈18歳くらいで初めて知り、時折食べたり吸引した〉
〈酒、たばこ、チョコレートよりも安心で安全で多幸感が得られる〉
などとの書き込みをし、これがきっかけで、芸能界を引退するハメになった。
「この団体のボスが森山容疑者でした。石垣島に移っても、森山のことを彼女は“パートナー”と呼び、親密な関係を続けていたのです」(前出・ワイドショーレポーター)
ともあれ、ここは裸一貫、すべてを断ち切ってゼロから出直すしかない。