「ミスター・長嶋茂雄」を育んだ佐倉ものがたり(1)二宮金次郎像に欠かさず礼 (2/2ページ)
お会いするたびに元気になられ、奇跡としか言いようがありません」
3回目を迎えた「野球教室」は、ほかならぬ蕨市長が仕掛け人だった。
「3年前、佐倉市民栄誉賞授賞式をここでやったとき、佐倉の子供たちに野球を教えていただけないかとお願いし、快諾いただいたんです。長嶋さんは『ライフワークにしたい』とおっしゃってくださっていますので、こうなったら、終生やっていただきたい(笑)」
10月16日、長嶋の愛弟子の松井秀喜が地元の石川県で「野球教室」を開いたが、まだ42歳。80歳になっての「野球教室」は前代未聞と言っていい。
小、中学校時代の同級生、小林光男に話を聞くと、勤勉なところは父・利(とし)、働き者なのは母・ちよの影響だという。
「臼井小学校の校門を入ると、広い校庭があって、校舎の前に二宮金次郎像がありました。登下校の際、生徒は全員、校門のところで一礼するのが常でしたが、茂雄ちゃんだけは、二宮金次郎像の前でもお辞儀をしていました。入学から卒業まで、登下校の際、二宮金次郎像に礼を欠かさなかったのは、茂雄ちゃんだけでした」
長嶋らしいのは、大田区田園調布に家を建てた時、庭に二宮金次郎像をつくったことである。
この日、小林は来賓として招待され、同級生2人といっしょに控え室に入り、長嶋に会った。
「3人が入っていくと、茂雄ちゃんは『おおーっ』と驚き、顔をくしゃくしゃにしました。持参したアルバムを開き、昔の写真を見せると、二宮金次郎像の写真に目を留め、『あっ、臼井小学校だ』と声を上げました。別れ際、長嶋家の4軒隣に住んでいた同級生が『昔のように呼ばしてくれるか』と言い、『茂雄ちゃーん!』と叫び、笑顔で別れました‥‥」
松下茂典(ノンフィクションライター)