人が死ぬことを「広島に行く」や「広島に○○を買いに行く」と表現するが… (2/2ページ)
西日本の複数の地域で、広島が「死者の行き先にして生者の誕生の地」、つまり「一つの幻想の世界」としてイメージされてきたのは、こうした実際の具体的な習俗に由来する点が、少なくないように思える。
■沖縄にも同じような言い回しが存在した
ちなみに、現在の広島市及び近隣自治体に当たる地域では、遅くとも近世には既に、浄土真宗の信者が多かった。浄土真宗では、他の日本仏教の宗派に比べ、死や出産を「穢れ」とはみなさない傾向がある。そうした浄土真宗の信仰も、厳島の死者や産婦を快く受け入れる気風を作り、その結果広島を「一つの幻想の世界」にした、大きな要因であろう。
なお、この例のような、人の死を「◯◯(実在する具体的な地域の名)へ行く」と表現する言い回しは、沖縄にも存在する。例えば沖縄県の名護市には、「奥武(おう)島」という名の島がある。名護では、人が亡くなることを「オウに行く」という言い回しがあり、且つ、普段は奥武島のことを話題にするのもタブーだったという。
■最後に…
沖縄には、名護市の奥武島以外にも、死者に関する「一つの幻想の世界」イメージのある「奥武島」が、今では陸続きである島を含め、もう2島ある。この2島のイメージも、名護でイメージされた死者の行き先としての「オウ」と、全く無縁とは考えがたい。
北中城村奥武岬は17世紀頃までは小さな島「奥武島」であり、多くの墓が作られていた。久米島対岸にも「奥武島」があり、ここでは厳島の例のように、死を忌み嫌い、死者を対岸の久米島に葬る風習があったそうである。死者を葬る島と、逆に死をタブーとする島という正反対の違いはあるが、どちらの「奥武島」も、葬送に関する独特な習俗があった(つまり、「一つの幻想の世界」になり得た)という点では、共通している。
参考文献:中山太郎土俗学エッセイ集成 タブーに挑む民俗学、 ケガレからカミへ、 「青」の民俗学 地名と葬制