【プロ野球】2017年、岩田稔(阪神)が子どもたちのために野球人生最後の復活にかける! (2/2ページ)
■ヒジの曲がりが思わぬ副産物に
「もっと自分がしっかりしていれば」
大阪桐蔭高時代、甲子園の土を踏むことはできなかった岩田は自らを責めた。
チームメイトには恵まれていた。同期には中村剛也(西武)、1学年下には西岡剛(阪神)がいたからだ。ピッチャーがしっかり投げれば勝てるメンバーだった。
腰痛、ヒジの故障、そしてねずみの除去手術は、高校時代のみならず関西大時代の岩田を苦しめることにもなった。
ただ、昔から投げ続けていたことで、曲がっていたひじを見て、ヒジの手術を担当する先生にはこう言われた。
「曲がったヒジがスライダーを生み出しているのでは」
故障が思わぬ副産物でもあった。ヒジの手術は、曲がった箇所はあえて完全に戻さずに終えた。
■再びマウンドで勇姿を
2016年、岩田は勝ち星を1つも挙げることなくシーズンを終えた。契約更改でフロントは容赦なく大幅減棒を提示した。
「初心に返って引退覚悟で望む」
これまで、いくつもの逆境を乗り越えてきた岩田だからこそ、この言葉には並々ならぬ決意がうかがえた。
元来、プロ野球選手は、子どもたちの希望の星である。特に岩田は、Ⅰ型糖尿病を抱え戦う子どもたちの星であったはずだ。
この野球人生最大の苦境を乗り越え、再びマウンドで勇姿を見せられれば、これまでで一番大きな星となって輝くことは間違いない。
- まろ麻呂
- 企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子どものころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。