仏教を由来としている「火葬」だが、必ずしもそうとはいいきれないという話 (2/2ページ)
彼は唐に渡り、インドから帰国した玄奘の弟子となった経験がある。そうした道昭の経歴から、彼が火葬を望み叶えられたのは、師の玄奘から、インドの仏教式火葬について教えられたからではないか、とする説が生まれた。
だが、先に述べたことから推定すると、玄奘は特に火葬に思い入れがなかったと考えられる。従って、彼が道昭にインドの火葬について熱く語るような状況も、余り考えられない。道昭が死後火葬されたのは、ほぼ確実らしいが、彼が火葬された理由が、「インドから火葬を伝えた師の玄奘にあやかるため」というのも、結局「神話」に過ぎないようだ。
■最後に…
実際、道昭よりも大幅に過去の時代に、日本列島で火葬された人々がいたことがわかっている。古くは何と縄文〜弥生時代の遺跡からも、火で焼かれた痕跡のある人骨が出土している。こうした、「火葬された」縄文〜弥生時代の人骨は、北海道や南西諸島など、前近代では「異国」であった地域からも出土している。これを考えると、「道昭が火葬されたのは、仏教信仰に由来する」という説も、あくまで「そういう説もある」という理解が、適切そうだ。
参考文献:天皇と葬儀 日本人の死生観、 民衆生活の日本史・火