【世界の廃墟】薩摩半島南端に残る「山川製塩工場跡」から感じる自然のエネルギー (2/3ページ)

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当時、輸入塩の減少と工業塩の需要増加により、日本国内の食料塩が不足していました。

政府は昭和17年、それまで国の専売特許であった塩の生産について特例を出し、国内で製塩を活発におこなうよう指示します。

それから1年後の昭和18年頃より温泉熱を利用した製塩事業が山川製塩工場で行われはじめます。

この工場のある鹿児島県指宿市(いぶすきし)付近にわいている伏目温泉(ふしめおんせん)は、泉温が100度と、鹿児島の中でも屈指の高温の温泉のため、この温泉熱と太陽熱を併用して、水分を蒸発させ、効率的に海水から塩を取り出すことができました。

しかし戦争が終わり、朝鮮戦争の特需によってもたらされる高度経済成長が始まる頃から、安価な輸入塩が日本国内に多く輸入されるようになります。

そこにさらに政府の自給製塩廃止措置などの政策転換が追い打ちをかけ、山川製塩工場は事業存続が困難になり、とうとう昭和39年にその短い歴史を閉じることになります。

当時、温泉熱を利用した製塩事業は、全国各地で行われていましたが、最後まで創業したのはこの山川製塩工場です。

泉源と塩田跡が残る場所は全国でも貴重で、当時の歴史を伝える産業遺産でもあります。

そんな山川製塩工場は戦中~戦後産業の、めまぐるしい変遷の跡地ともいえるでしょう。

時代の流れとともに、挑戦し、競争し、情勢が変化し、淘汰され。そんな歴史が偲ばれるようです。

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