【プロ野球】【イチローとケガ】DLリスト入りは過去何回? 鉄人・イチローのこれまでのケガ歴まとめ (2/2ページ)

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■日本時代には大ケガも

 オリックス時代には大きなケガも2回経験している。1度目は1999年8月のこと。そこまで1994年から763試合連続出場を続けていたが、下柳剛(当時日本ハム)から右手に死球を受けて、残りのシーズンを欠場。当初は打撲と診断されていたが、精密検査の結果、骨折が判明した。

 翌2000年も8月に右脇腹を痛めて戦線離脱。最終戦まで欠場している。

 しかし、どちらの年もすごいのは結局首位打者を獲得していること。2009年の負傷もそうだったが、未だに前半戦に穴を開けたことはないのだ。

■高校時代は交通事故

 イチローが高校3年時に交通事故に遭った話も有名だ。3年春にエースとして甲子園に出場し、プロスカウトも大勢訪れる存在だったが、交通事故でふくらはぎを負傷してしまう。

 その影響でイチローはイップスに陥り、「投手」としてイチローを評価していた球団が次々と手を引いた。その結果、「野手・イチロー」を評価していたオリックスがドラフト4位で獲得することになったといわれている。

 現在の大打者・イチローの姿を見ていると、ある意味ではオリックスや日本球界にとっては「ケガの功名」だったのかもしれない。

 イチローはケガの後がすごい。2000年はNPB歴代2位の打率.387を記録。2001年はメジャー1年目から多くのタイトルに輝く大活躍。2010年もフル試合出場を果たしている。

 今季は春先から不運なスタートになってしまったが、イチローは必ず蘇る。今季も期待大だ。

文=落合初春(おちあい・もとはる)

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