北朝鮮が「植樹節」を3月にした訳 (2/2ページ)
つまり、金正日氏は自分が登場する方のエピソードを持ち出し、自らの権威付けをするために、気候条件を全く無視して植樹節を1ヶ月も早めたのだ。
一方、植樹節が4月だった時代に、北朝鮮の山に木がきちんと植えられていたかというとそうでもなかった。平安南道(ピョンアンナムド)出身で、2000年に脱北し韓国に来たイ・ジュイル氏は、90年代の植樹節を振り返り次のように述べている。
「植樹節には小中学生も大々的に動員された。金日成主席は『少年団林』、『青年林』などに、ゴヨウマツ、クルミなど油の取れる木を植えよと指示を出した」
「険しい山に入り1人あたり80本から100本の苗木を植えろと言われるのだが、教師からは『今日中に終えよ』と言われた。到底無理な注文だった。そこで、植えたフリをした。いちいち監視されるわけではないので、苗木を放置して、植えたと報告すれば問題ない。当然、苗木は枯れてしまった。そして、翌年も翌々年も同じことを繰り返した」
北朝鮮の相次ぐ洪水被害は、山の木が切られて保水力を失った山の土壌が崩れることが原因だ。それを防ぐためには、山に木を植えなければならないことは、北朝鮮の人々もわかってはいるだろう。
しかし、動員されてイヤイヤ行う植樹に熱心に取り組む人はほとんどいないだろう。そんな木に愛着がわくわけがない。こうして、北朝鮮の山は無残な姿を晒し続けるのだ。