【プロ野球】堀北真希だけじゃない!? ダイビングキャッチに散った虎のスピードスターら、プロ野球界の電撃引退劇 (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

■一時代を築いた投打のヒーローも電撃引退だった

 1980年代を代表する名投手・江川卓(元巨人)も突然、野球界から引退した1人だ。

 「怪物」と呼ばれた作新学院時代、2度の入団拒否、物議を呼んだ「空白の1日事件」など、プロ入り前から注目を浴び続けてきた江川。それほどまでに社会を騒がせてきた右腕の実力は、やはり並みではなかった。

 プロ3年目の1981年には、史上6人目の投手五冠を達成(最多勝、再優勝防御率、最多奪三振、最高勝率、最多完封)。名実ともに球史に名を残す大投手となった。

 しかし、引退の日は唐突に訪れた。1986年9月22日の広島戦で、江川は小早川毅彦に2打席連続本塁打を浴び敗戦投手となる。すると、この試合をきっかけに引退を表明してしまったのだ。

 このシーズンも25試合に先発し、13勝を挙げるなどローテーションの軸として活躍していた。しかもまだ31歳。引退するには早すぎる年齢だっただけに、江川の電撃引退劇は大きな衝撃を与えた。

 引退の理由には諸説あるが、真相は江川本人が知るのみだ。

■赤い彗星・虎のスピードスターはケガに散った……

 最後に紹介するのは、セ・リーグ記録の5年連続盗塁王に輝き、通算381盗塁を記録した「虎のスピードスター」赤星憲広だ。

 200年のドラフト4位で阪神に入団した赤星。身長170センチ、体重66キロと小柄ながら、驚異的なスピードを武器に1年目からレギュラーに定着。打撃や守備でもダイナミックなプレーを連発し、多くのファンを魅了した。

 しかし、小さな体で戦っていくのは過剰なエネルギーを必要とする。体を張ったプレーは、赤星の選手寿命を徐々に削っていった。

 腰や首のヘルニアなど、体のいたるところが悲鳴をあげるなかでプレーを続けていた赤星だったが、2009年9月12日に悲劇が訪れる。甲子園球場で行われた横浜戦、右中間への飛球にダイビングキャッチを試みた赤星の体は、ついに壊れてしまった……。

 頸椎椎間板ヘルニアが悪化すると同時に、中心性脊髄損傷という大ケガを負ってしまったのだ。

 診断した医師は「現役続行は厳しい」との見解を出した。そして「今度、同じケガを負った場合は、半身不随どころか命にも関わる」とも告げた。

 それでも赤星は現役続行を望んだ。しかし球団側は、生命に関わるケガを抱える選手と契約はできないと主張。何度か話し合いの席を設けるも、お互いの意見が交わることはなく、球団の意思が変わらないことを悟った赤星は引退を決意。2009年12月2日、球団に引退を申し入れたのだった。

 当時33歳。この年も31盗塁を決めていただけに「まだやれる!」という気持ちは強く、無念の引退となった。

「完全燃焼した気持ちはない」

 引退会見で赤星はこう悔しさを滲ませた。

 稀代のスピードスターは9年間という短いプロ野球人生を全力で駆け抜け、去っていった。

 今回挙げた選手達のほかにも、高橋由伸巨人監督や、2ケタ勝利を挙げながら引退した黒田博樹(広島)なども、突然の引退で幕をひいた選手として記憶に新しい。

文=井上智博(いのうえ・ともひろ)

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