【プロ野球】かつてはオープン戦で引退試合? 江川卓、村山実、杉下茂らのアツいラストピッチを振り返る (2/2ページ)
■後輩が組む騎馬に乗りマウンドに上がった村山実
「ザトペック投法」で阪神のエースとして活躍した「2代目ミスタータイガース」こと村山実。特に長嶋とのライバル対決には燃えに燃え、節目の通算1500奪三振、2000奪三振はいずれも長嶋から奪っている。
1970年には33歳の若さで選手兼任監督に就任。この年は防御率0.98という好成績を残した。
その村山も1972年に現役を引退。1973年3月21日の巨人とのオープン戦が引退試合となった。試合途中、最後のマウンドに上がるためブルペンから出ようとした村山を、江夏豊をはじめとした後輩投手たちが騎馬を組んでマウンドまで運んだ。
そして最後の投球……。受ける捕手の田淵幸一に「サインはなし。全部フォークや」と指示し、王貞治、末次民夫、高田繁から3者連続三振を奪い、甲子園球場のマウンドに別れを告げた。村山の背番号11は永久欠番となっている。
■季節外れの雪が舞う日、東京ドーム最初のマウンドに立った江川卓
作新学院時代は「怪物」と呼ばれ一世を風靡。法政大時代は東京六大学リーグ史上2位の通算47勝をマーク。巨人入団をめぐる「空白の1日事件」では多くの野球ファンを敵に回したこともあった江川卓。
巨人入団後はエースとして活躍したが、13勝を挙げた1987年のシーズン終了後に突如現役引退を発表。まだ32歳の若さだっただけにその引退は驚きをもって受けとめられた。
引退会見で「東京ドームで投げるまで頑張りたかった」と悔しい気持ちを吐露した江川。引退を表明したのは東京ドームが完成する前年だった。
1988年3月18日、東京ドーム最初のオープン戦となったのは巨人対阪神戦。東京に季節外れの雪が降ったこの日、江川は最後となる巨人のユニフォームに袖を通す。試合前の始球式、江川が東京ドームのマウンドに立つ。打席には宿命のライバル・掛布雅之が左バッターボックスへ。江川は掛布から空振りを奪い、マウンドに別れを告げた。
文=武山智史(たけやま・さとし)