いよいよ花見シーズン!お花見は江戸時代の人々も待ち遠しかったビッグイベント

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いよいよ花見シーズン!お花見は江戸時代の人々も待ち遠しかったビッグイベント

先日、ついに東京で、桜の開花が発表されましたね。これから日本中で次から次へと桜が開花し、新年度を迎える頃は、きっと満開の桜を目にすることができるはず。早速、花見のプランを考えている人も多いのではないでしょうか?一年に一度の花見は、私たちだけでなく、江戸時代の人々にとっても待ち遠しかったようです。

花見は満開の桜を見ながらするものではなかった?

元々、農山村では、花見は3月3日あるいは4月8日に行なうことが多かったとか。というのは、花見は、農作業を始める前に村の人がみんな揃ってごちそうを食べたり飲みながら豊作を願う行事だったのです。それが、都市に暮らす貴族や武士たちが、特定の日付に行うのでなく、桜の開花にあわせての遊宴をしたことで、花見は満開の桜を見ながらするものになったのですね。

8代将軍・吉宗は、隅田川堤や品川御殿山、王子飛鳥山に桜を植樹し、春には桜が盛大に咲き誇っていたそう。満開の桜を見ようと、大勢の人でにぎわっていたことでしょう。この日ばかりはと、武家や町民、庶民もお出かけ。飲んで食べて、おしゃべりしながら桜を眺めて春を満喫したら、なんだか心がウキウキワクワクするのは、きっと江戸時代の人々も同じ。

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桜餅の由来って?

ちなみに春に食べたい和菓子といえば、桜餅。この桜餅を考案したのは、隅田川ほとりの長命寺(現・墨田区向島)の門番だった山本新六でした。

秋になると桜の葉が落ちて、掃いても掃いても降り積もったそう。その落ち葉を片付ける新六は、あるとき、桜の葉を塩漬けにしてお餅を包んで売ったらいいんじゃないか、と思いついたそう。

これが、今もなお親しまれている和菓子の桜餅の始まりなのです。長命寺の門前に桜餅の店を構えたら、徐々に評判になり、江戸の名物となったそうな。花見をしながら桜餅を食べるのも、いいですね。

花見のシーズンになると、テレビや街でも花見客で盛り上がっている様子をあちこちで見かけますが、江戸時代の人々の「花見大好き」DNAがきっと受け継がれているのでしょう。時代は変われども、春本番の到来が待ち遠しく、花見を楽しみたい!と思う気持ちは同じなのです。

画像出典:Museum of Fine Arts Boston,photoAC

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