世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第218回 グローバリズムのトリニティ(後編) (2/3ページ)
指名に残るために、各社は公共インフラの品質を高めるべく、別に行政側が目を光らせていなくても懸命に努力する。また、指名された業者間の競争も、当然存在する。
もっとも、指名業者間で「苛烈な競争」などとやってしまった日には、やはり敗者が生まれるのは避けがたい。業者が競争に敗北し、倒産もしくは廃業してしまうと、その地域から土木・建設業が消滅するという事態を招く。
というわけで、指名競争入札で競争や品質向上を確保しつつ、談合(話し合い)により仕事を分け合うというシステムが進化したのだ。指名競争入札と談合が組み合わさってこそ、わが国では各地に土木・建設業を「競争」「品質向上」を伴う形で残すことができるのである。
この日本型システムが「邪魔」な存在があった。もちろん、アメリカのベクテルに代表される外国の土木・建設業者だ。何しろ、指名競争入札や談合のシステムがある限り、外資系企業が日本の公共事業のプロジェクトを受注するのは不可能に近い。
「指名競争入札や談合のシステムは、自由貿易や市場競争に反している。指名競争入札は一般競争入札とし、談合は禁止するべきだ!」
という圧力が、1988年の日米建設協議以降、アメリカから継続的にかけられるようになった。結果、わが国の政府は「外国企業の参入等による国際化の進展、建設市場における公正な競争の確保の要請」に応じた制度改革を進めていった。すなわち、規制緩和だ。
合わせて国内の公共事業について、外国企業が落札しやすいように仕様書の英語化も進んだ。つまりは、自由貿易である(もちろん、アメリカ国内の公共事業について、日本企業が落札しやすいように、仕様書を日本語化してくれるはずはないのだが)。並行して、わが国では特に「談合」が、まるで悪の権化であるかのごとくたたかれるようになっていった。
談合が批判された主な理由は、
「談合により、公共事業の落札価格が不当に釣り上げられている」
というものだった。すでにして、日本国内には財政破綻論がまん延し、公共事業を「可能な限り安く実施する」という緊縮財政のコンセプトに沿った形で、談合が批判されていったのである。
無論、土木・建設企業が、不当に高い価格で公共事業を受注していたならば、それは問題だ。